アーキテクト・エージェンシーがお送りする建築最先端マガジン

Architect's magazine

自分なりにコンセプトを立てて、 「こうしたら社会がよりよくなる」と 常に考えながら設計に臨む。 それが、建築家のあるべき姿だと思う

自分なりにコンセプトを立てて、 「こうしたら社会がよりよくなる」と 常に考えながら設計に臨む。 それが、建築家のあるべき姿だと思う

佐藤尚巳

「東京国際フォーラム」を統括・監理したことで知られる佐藤尚巳は、その知見を生かし、独立後も数々の大型プロジェクトに参画してきた。主なものに「神保町三井ビル」「青山OM–SQUARE」「いわき芸術文化交流館アリオス」などがある。強く意識しているのは、その街の魅力を高め、人々の心に響くような建築デザインだ。そして、それらは佐藤が重んじる豊かなコラボレーションによって世に送り出されてきた。2022年、日本建築家協会(JIA)の会長に就任。高い視座の下、佐藤は今、次代を担う人材の育成と、建築家の存在意義を社会に知らしめる活動に尽力している。

JIA会長として未来を見据えた活動に全力を傾ける

「いわき芸術文化交流館アリオス」は佐藤の集大成ともいえる作品で、国内外で多数の賞を受賞している。PFI事業として進められた本プロジェクトの要求水準は極めて高度だったが、コンペではそれらをすべてクリアした佐藤が選ばれ、設計監理に携わった。コラボレーションのメリットが随所に生かされた仕事であり、同時に、佐藤はついに「日本で一番いい音楽ホールをつくる」という思いを叶えたのである。

施設に求められた機能は大ホール、中ホール、小劇場、スタジオ、交流系施設などで、一つひとつが規模・内容ともに非常に高規格なものでした。通常、こういう施設では大ホールを中央に設置するケースが多いのですが、配置計画を練る時に中心に考えたのは交流ロビー。公共施設ですから、市民が日常的に使う空間をわかりやすく構成することが最も大切で、全体としては公園との連続性、景観を十分に配慮した構成にしています。設計、劇場コンサル、音響コンサル、建設の各社が皆で知恵を寄せ合うPFIだからこそいい建物ができたと思っています。

その最たるものが音楽を主目的とする大ホール。僕にとっては、やっと高校生以来の思いを叶える時がやってきた(笑)。最良の音響効果を実現するには、室形状をシューボックス型にしただけではダメで、壁面や天井から豊かな反射音が客席に返ってくることが必要です。議論するなかで出てきた案は、壁を全面的にギサギザの鋸形断面にして、反射音を下方に返す仕組みです。この時、僕らはボードでつくることを考えていたのですが、会議で施工現場代理人が一言、「そんなのPCじゃないとできないよ」と。高強度で質量のあるPCならば、音が何度反射しても明瞭度が失われないので、聞いた途端に「それ、いける!」となり、結果、狙っていた最良の音響効果を得ることができたのです。 オープニングで演奏された『第九』を聴いた時はゾクゾクしました。すべての楽器の音がちゃんと聴こえるし、小さな音も本当にきれいに伝わってくる。嬉しかったですねぇ。以降、ほかの音楽ホールでもこの壁のコンセプトが採用されているようで、建築家冥利に尽きますね。コラボレーションの効果を再認識できたアリオスの仕事は、得がたい経験になったと思います。

 JIA会長としての名刺の裏には、「頼りになる建築家」「頼りになるJIA」という文言が記されている。建築業界へ恩返しをするつもりで、選挙に出ることを引き受けた佐藤が考え抜いたスローガンであり、目標だ。それを実現するべく、今は「ほとんどの時間を協会の仕事に費やしている」。

 就任前にJIAの実際をつぶさに見ようと思い、全支部を回ったんですよ。そこで感じたのは、地域で地道に頑張っている会員にとって、JIAが頼れる組織でなければ職能集団として意味がないということ。実は20年くらい前にアメリカ建築家協会(AIA)の大会に参加する機会があったのですが、一番驚いたのは、AIAが建築家のためにテレビコマーシャルを流していたことです。これによって建築家の役割が社会に認知されるし、会員も会に所属するメリットを感じられるでしょう。JIAもこれまで以上に、建築家の素晴らしさを社会に発信する活動をすべきだと思うのです。

そして建築家にも、「頼めば何でもやってくれる」「思いもよらないアイデアで課題解決策を提示してくれる」、そんな頼りになる存在になってほしい。建築家ってどうあるべきかをずいぶんと考えたのですが、今、僕のなかにあるのは近江商人の理念として知られる「三方よし」。あの「買い手よし、売り手よし、世間よし」です。我々の一義的な役割は、プロフェッショナルとしてクライアントの要望を実現することにありますが、同時に社会や環境を意識して、人々が豊かになれるような、人々の心に響くようなものをつくっていかないとダメだと思うんです。それが世間よし。自分なりにコンセプトを立てて、こうしたら社会がよりよくなるんじゃないか――常にそれを考えるのが建築家のあるべき姿ではないでしょうか。僕はそう提唱していきたいし、未来に向けて、建築家やクライアントも含めて業界全体を望ましい方向にリードしていければと、日々考えながら奮闘しているところです。

ページ: 1 2 3 4

PROFILE

佐藤尚巳

佐藤尚巳
Nao Sato
1955年5月23日東京都生まれ
1979年3月東京大学工学部建築学科卒業
1979年4月菊竹清訓建築設計事務所入所
1988年5月ハーバード大学デザイン学部大学院建築学専攻修了
I.M.Pei&Partners入所(NY)
1990年1月ラファエルヴィニオリ建築士事務所入所(NY)
ラファエルヴィニオリ建築士事務所東京事務所長
1996年11月佐藤尚巳建築研究所設立
2022年6月日本建築家協会(JIA)会長

家族構成:妻、娘1人、息子1人

<その他活動>
国士舘大学工学部建築学科非常勤講師、武蔵野美術大学建築学科非常勤講師、東京工業大学工学部建築学科非常勤講師、芝浦工業大学建築学科非常勤講師、(東京都)港区景観アドバイザー、東京都市場問題プロジェクトチーム委員、など多数

人気のある記事

アーキテクツマガジンは、建築設計業界で働くみなさまの
キャリアアップをサポートするアーキテクト・エージェンシーが運営しています。

  • アーキテクトエージェンシー

ページトップへ