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利用者=ユーザーにとって、事業者や建築家のエゴは関係がない。人は何に興味があるのか、何に喜ぶのか。 そこにストレートに答えることが大事

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アストリッド・ クライン

 アストリッド・クラインが初めて日本の地を踏んだのは1988年。追って91年にはマーク・ダイサム氏と共に「クライン ダイサム アーキテクツ(以下KDa)」を設立し、約30年にわたってデザイン活動を続けてきた。代表作「代官山T ーSITE/蔦屋書店」「GINZA PLACE」は、いずれも東京の新たなランドマークとして高評価を受けている。また、2003年にKDaが創始した「PechaKucha Night」は各国に広まり、今や世界1200都市以上で開催されるプレゼンテーション・イベントへと成長。様々な分野で活躍するアストリッドには境界というものがなく、多様な文化をバックボーンにした活動は常にチャレンジングだ。だからこそ人々を魅了する。

高いデザイン性に加え、人の心を動かす数々のプロジェクト


 以降、KDaは次々と意欲作を発表し、広く注目されるようになる。皮切りとなったのは、04年に完成したリゾナーレ八ヶ岳(山梨県)のガーデンチャペル「リーフ・チャペル」。2枚の葉が折り重なっているような美しいデザインと、幻想的な空間演出は多くの人を魅了し、ホテルの経営にも大きく寄与した。

このプロジェクトや、時をほぼ同じくして始めた「PechaKucha Night」もそうなんですが、ベースには「デラックス」での活動があるんです。かつて麻布十番にあったクリエイティブ・シェアスペースで、私たちは運営にかかわっていました。小さな会社や様々な分野のクリエイターが集まって情報・意見交換をしたり、イベントを開いたりする刺激的な場です。 実は、ここに入居しているみんなでTokyo Aleというビールをつくっていた時期があるんですよ。その縁でつながったのが、地ビール事業に進出していた星野リゾートの星野佳路さん。1年くらい経った頃だったか、星野さんから連絡があって、「そういえば建築家だったよね」と(笑)。その時に依頼されたのがリゾナーレ八ヶ岳のチャペルで、まさに〝ご縁〞からだったのです。

 一つの新しい〝目印〞をつくれたように思います。このチャペルはフォトジェニックらしく、世界あちこちのムードボードで見かけますし、日本でも電車の広告などでよく使われています。「あ、また出てる」って思うくらい(笑)。もっとも、デザインは要素の一部であって、こと私たちが大事にしているのは「その場所ならではの思い出をつくる」こと。楽しい、幸せな気持ちになれる建築を強く意識しています。リゾナーレのプロジェクトはほかにもありますが、かかわる人たち皆でそれを共有し、アイデアを実現できることに喜びを感じています。


 そして、代表作としてやはり存在が大きいのは「代官山T-SITE/蔦屋書店」である。これはコンペによるもので、全国約80の建築事務所を勝ち抜いて実現させたプロジェクトだ。「T」の文字をモチーフにしたファサートが印象的で、建物と商品、コンテンツ、サービスのすべてが溶け合うこの複合施設は、今も訪問者が絶えない。

 最初のブリーフィングには150人ほどの建築家が集まっていたでしょうか。圧倒されながらも、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の増田宗昭さんの話を聞いて、「建築が新しいブランディングにつながるのは、私たちに合っている。やりたい!」と思いました。それだけに、コンペで勝てたのはうれしかった。その後、長い時間をかけてCCCの方々やチームと議論を重ね、結果として、書店を中核としたライフスタイル提案型の新しい商業施設をつくれたと思っています。

 人がどう感じるか。人の心にどう響くか。考え方の軸はここにありました。強く意識したのは、誰もが「自分の家のようにゆったりできる空間」づくり。訪れた人が本や音楽、飲み物を楽しみながらリラックスできる、つまりは居心地のいい場所。そして、本はネットで簡単に買える時代だからこそ、〝わざわざ行く〞価値のある場所にしたかった。敷地内にコーヒーショップやレストランなどを併設し、また、日常的にイベントも開催しているのは、体験を様々に楽しんでもらうためです。

 商業施設は多く手がけてきましたが、何より大事にしているのは〝お客さま目線〞です。運営側にとっての「都合がいい、やりやすい」ではなくて。いろんな事情があるから、とかく運営目線で設計されがちだけれど、ユーザーにとっては、事業者や建築家のエゴなど関係がないわけです。訪れる人は何に興味があるのか、何に喜ぶのか――極端に言えばそれだけ。ストレートに答えられるかどうかです。

 そういうスタンスを貫いてこられたのは、思いやビジョンを共有できる素晴らしい何人もの経営者と出会い、チャンスをいただけたから。そして、私は常に正直に、ネガティブな要素も隠さずオープンに話し合うことを大切にしてきました。例えば、プロジェクトの説明でインタビューにいらしたクライアントに対しては、しっかり逆インタビューもします。それで難しいと思ったら、仕事を断るという覚悟も持って。小さな事務所なので、できることは限られてくるし、プロジェクトがうまくいかないと次の仕事って来ないですから。そんな私たちのスピリットというか、ある種の頑固さを理解してくださる方々との出会いは宝物で、本当に感謝しているんです。

 土地のデベロップメントに挑んだようなもので、事務所にすれば一大事業。それこそ、テナント部分では建築以上に産みの苦しみがありました。家具や照明器具などを扱うのは本業だけれど、カフェレストランは当然プロに入ってもらわないといけない。で、折しも東京駅や六本木界隈の再開発があった頃で、いいと思うオーナーさんを皆取られちゃった。直営なんて考えていなかったのに、結局、2カ月前に「自分でやる」と決めて、無謀にも始めたという話もあります。当初はハラハラの連続でしたが、結果的にTHE TERRACEは地域に根ざし、一定の成果を得たとは思っています。完成から17年経ってここを譲ることにしたのは、母が他界して住んでいた家が空き家になり、そっちをデベロップして事務所を移すことにしたから……。

建築は人生を豊かにするための一つの手段。だからこそ、仕事には真摯に向き合いたい
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深い情熱を原動力に、世界に向けたチャレンジは続く

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PROFILE

アストリッド・クライン

アストリッド・クライン

1962年 イタリア・バレーゼ生まれ
1986年 仏国エコール・ド・アール・デコラティーフ卒業
1988年 英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了
    リチャード・ロジャース旅行奨学金を獲得
    伊東豊雄建築設計事務所入所
1991年 クライン ダイサムアーキテクツ設立
    (マーク・ダイサム氏との共同設立)
2003年  PechaKucha Night 創始(マーク・ダイサム氏との共同創始)
2017年  DESIGNART TOKYO創始(発起人)

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