社会の動機からつなげる自然の理。
原田真宏
『道の駅ましこ』での日本建築学会賞(作品)をはじめ、国内外で数々の賞を受賞してきた建築家・原田真宏氏。海と陸、自然と社会の境界に身を置いた幼少期から、「自然の理」で建築を解こうと試みる現在までの軌跡を辿る。
自然と社会の境界で「第二の自然」をつくる
─帰国後、2004年に「MOUNTFUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立されますが、最初の仕事はご実家の案件だったそうですね。
原田:はい。父から「150万円で陶芸用のアトリエを作ってくれ」と。「デビュー作には作家の将来が詰まっている」と言われるなかで、当時の先輩建築家たちからは「そんな極貧プロジェクトで大丈夫か」と心配されましたが(笑)、僕にとってはこれが一人の建築家としての重要なスタートでした。
─具体的にはどのような点が重要だったのでしょうか?
原田:お金がないという究極の制約の中で、空間だけでなく、構造、工法、材料の流通、そして環境への循環まで、すべての要素を解くような幾何学を見つける。それは、僕がずっとやりたかった「物の理」、「自然の理」から建築を作るという実践そのものでした。
─その思想は、その後の大規模なプロジェクトでも変わらないのでしょうか。
原田:変わっていません。例えば栃木県益子町で手がけた『道の駅ましこ』という公共建築があります。こういった、地方のコンペでは「地場産材を使ってください」という要望が多いのですが、これを普通にやると産業構造的に間に合わないんです。そこで『道の駅ましこ』では、着工の2年も前から、町が予算を組んで町有林から木を切り出し、乾燥させて集成材化するようにしました。
─設計が終わる前に木を準備してしまうのですか?
原田:はい。本来なら禁じ手ですが、そうしないと地元の木を使えないからです。当然、設計段階ではまだ形が決まっていませんから、空間のサイズが変わっても強度を担保するシステムを考案しました。森の産出能力や乾燥期間といった「森の理」そのものをデザインソースにして、建築のシステムを作ることで、無理なく自分たちの町の木で公共建築ができあがるわけです。僕が目指しているのは、そこにある材料や時間の流れ、自然や力学の合理性といった諸条件が重なった結果として、必然的に立ち現れる建築なんです。
─そういったこれまでの活動を通じて、今、原田さんが目指す建築家の姿とはどのようなものでしょうか。
原田:ゲーテの『イタリア紀行』の中に、僕の理想に近い言葉があります。「優れた建築は、市民の要求をかなえる第二の自然である」というものです。建築は社会の要請に応えるものですが、それだけでは足りなくて、あたかも自然物のように、環境と調和し、その理にかなった存在であるべきです。僕は海と陸の境界、つまり「自然の論理」と「社会の論理」の間に立って、その両方をブリッジするように建築を作りたい。社会の論理だけでふわふわと浮いてしまった都市を、もう一度ぐぐっと自然の方へアンカーする(繋ぎ止める)というか。それが僕の役割だと思っています。
─最後に、建築家を目指す若手や学生に向けてメッセージをお願いします。
原田:建築を「ハイスコアを競うゲーム」だと思わないでほしいですね。教育の現場やコンペでは、「出されたお題に対して、どれだけ高い点数を取るか」という競争に陥りがちです。でも、大切なのはそういった外的な尺度に応じつつも、「自分のお題」をしっかり持つことです。「自分はこういう理想を持っているんだ」という核を、地味でもいいから持ち続けること。それがやがて人々を惹きつけ、唯一無二の「作家性」へ結実するのです。

❼Seto。瀬戸内海を見下ろす斜面地に立つ、造船会社の社宅建築。平場の無い地域に建築屋上を広々としたパブリックスペースとして開放。半ば崖上に張り出したRCの塊は、造船の街らしい地形的シンボルとして認められている。(写真/Ken’ichi Suzuki)

❽Shore House。真鶴半島の付け根近くに建てられた、海を望む別荘。周囲の自然までを取り込んだ「おおらかな調和」を目的とし、丸太梁がL字のLVLフレームを支える。(写真/Ken’ichi Suzuki)

❾大きな家。L字形のRCボリュームと、ロの字形に巡らされた木造フレームによって囲まれた大空間から構成される住宅。木造部では、反復配置された部材が高さ5.9mに及ぶ空間を覆う。鉄筋コンクリート部は木目が転写され、素材感のある空間が形成。(写真/Ken’ichi Suzuki)

- 【次のページ】
- 【建築家の手】建築家・原田真宏の”本体”は「目と手」

原田 真宏/Masahiro Harada
1973年静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了後、隈研吾建築都市設計事務所、ホセ・アントニオ&エリアス・トーレス アーキテクツ(バルセロナ)、磯崎新アトリエを経て、2004年に原田麻魚とともにMOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOを設立。住宅から公共建築まで幅広い設計活動を展開し、土地の条件や構造を強く意識した建築で高い評価を得ている。教育分野でも活動を続け、芝浦工業大学建築学部建築学科教授を務める。
代表作に、道の駅ましこ(2016)、松栄山仙行寺(2018)、半島の家(2018)Entô(2021)など。

















