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Architect's magazine

建築は、人々の生活や社会を 変える力を持っている。 その力を託される建築家は、 真摯に人と向き合うべきである

建築は、人々の生活や社会を 変える力を持っている。 その力を託される建築家は、 真摯に人と向き合うべきである

手塚貴晴

 独立して、現在の「手塚建築研究所」を立ち上げたのは、ちょうど30歳の時。以来、手塚貴晴は、パートナーである手塚由比氏とともに意欲的な建築を世に送り出し、その活動の幅を広げてきた。OECD(世界経済協力機構)とUNESCOにより、世界で最も優れた学校に選ばれた「ふじようちえん」をはじめ、代表作に「屋根の家」「越後松之山『森の学校』キョロロ」「渋谷フクラス」などがある。設計ジャンルが何であれ、人間にとっての心地よさを本質的に追求した作品群は、いずれも大きなインパクトを放つ。「建築は人々の生活や社会を変える力を持っている」――そう確信した日から、手塚は建築を手段として、世の中を〝素敵〞にするために走り続けている。

活動の幅を広げ、国内外にわたって新しい街づくりに挑む

 現在進行中のものに「希望のまちプロジェクト」がある。福岡県北九州市に様々な機能を持った複合型社会福祉施設を建設し、そこを拠点に街を再生していくという大がかりなプロジェクトだ。困窮と孤立が深刻化する日本社会において、手塚らは新しい街づくりに挑戦している。

 これは、暴力団排除の活動によって解体された組織の跡地をどうしようかという話で、ここを新たな街づくりの場にしようと。プロジェクト推進本部の代表を務める奥田知志牧師とは、東八幡キリスト教会に「軒の教会」という教会堂を新築した時以来のお付き合いで、奥田さんが人生の総決算としてつくろうとしている「希望のまち」をお手伝いしています。日本財団から補助金をもらって、ファンドレイジングもやって、規模としては13億円くらいのプロジェクトになりそうです。

街の土台には救護施設があり、困窮状態にある人、孤立している人など、困っている人は誰でも入れる施設です福祉関係の施設をつくる際にまず問題になるのは、中にいる人を守るという目的めいたことが、逆に人を閉じ込めてしまう点。老人ホームなどが典型ですが、事故を未然に防ぐためといっても、結局は介護する側の都合が大きかったりするわけです。奥田さんが考える「一人も取り残されないまち」をつくるのに、皆の居場所をどうつくるか、それを考えるのが私たちの仕事。

全体を森に見立てて、どこからでも入れるような街のイメージです。皆が集まれる軒下がそこいらにあったり、救護施設にもおいしい食事を提供するレストランがあったり……人とつながって、もう1回頑張ろうと思えるような場にするために、いろんな工夫が必要だと考えています。社会とシームレスにつながっていること、それがコミュニティデザイン。それを「希望のまち」でやろうとしているんです。

「プロジェクトがたくさん動いていて、話せばキリがない」と、手塚は目を輝かせる。とりわけて面白いと挙げたのは「ジャムセイ・ガッツァ」。ドキュメンタリー映画にもなった、ヒマラヤ山脈の麓にある孤児院を建て直す計画だ。手塚は資金と賛同者集めのサポートにも奔走し、まったく新しい学校計画を実現させようと情熱を傾けている。

 100人以上の子供が身を寄せる孤児院ですが、子供たちは笑顔にあふれ、生き生きと走り回っています。驚くべきは、この孤児院からは90%が大学に進学するという教育レベルの高さ。創設者である僧侶のロブサン・プントソックが、チベット仏教に基づく、世界的に見ても最も進んだ教育システムをつくり上げています。それを最大限に生かすべく、コンセプトは「円相」とし、来年のうちには着工できるよう実施計画を進めているところです。

ほかにも、ポルトガルで農業を再生するプロジェクトとか、砂漠の真ん中にオアシスをつくるプロジェクトとか、言いだすと本当にキリがない。建築家として、街づくり全体を主導する動きになってきたという自覚と責任の下で、ジタバタしながらやっています。 私は、何も倫理観に突き動かされているわけじゃないんですよ。都市を預かったら、すべての階層の人たちが同時に「いいな」と思えるように考え、動くのは当たり前のこと。人間社会というのは森羅万象、万物の命に価値があって、役割があって、それらが全部連なって成り立っているのだから、自分たちのことでもあるんですよ。私もその巨大な存在の一部。そこに立脚しないと、いい都市はできないし、いい建築もできないと思う。

思えば、建築家人生を通じて多くの巨人たちに巡り合ってきました。教育、医療、弱者救済などの世界で、新しいパラダイムをつくり上げようとしている活動家たちです。建築家というのは、そういう素晴らしい人たちに出会い、自分の知らない世界のことをたくさん学ぶことができる職業です。自分のなかに蓄積してきた学び、建築の力を使って、みんなが幸せな状態になれる豊かな社会づくりに貢献できれば……。かつて、小学校の卒業文集に書いた「人の役に立つ人間になりたい」という夢が叶うのかな(笑)。

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PROFILE

手塚貴晴

手塚貴晴
Takaharu Tezuka

1964年2月23日 東京都新宿区生まれ
1987年3月 武蔵工業大学(現東京都市大学)
工学部建築学科卒業
1990年6月 ペンシルバニア大学大学院修了
9月 Richard Rogers Partnership London入所
1994年7月 妻・手塚由比と手塚建築企画を共同設立(現手塚建築研究所)
1996年4月 武蔵工業大学専任講師
2003年4月 武蔵工業大学准教授
2009年4月 東京都市大学教授

家族構成=妻、娘1人、息子1人

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