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Architect's magazine

世間事情に惑わされず、 自分のポリシーを決めて道を進む。 そして、社会としっかりかかわる。 建築家には重要な資質だと思う

世間事情に惑わされず、 自分のポリシーを決めて道を進む。 そして、社会としっかりかかわる。 建築家には重要な資質だと思う

横川 健

 住宅から公共建築まで、そして家具や腕時計などといったプロダクトも幅広く手がける横河健の〝デザイン〞には垣根がない。美術学科出身で、人の五感に触れるところから建築を始めた横河は、一貫して人の気持ちや行動に寄り添ってきた。建築を思考する時、外形を捉えるのではなく、その中で行われるであろうコトをデザインするスタンス、それは「モノづくりはコトづくり」という言葉に端的に表れている。日本建築学会作品賞を受賞した「グラスハウス」を筆頭とする数多くの受賞作において、上質で洗練された空間設計が高く評価される所以だ。「美しいもの」「心地よいもの」へのこだわりは、横河の人生観そのものでもある。

「居心地のいい」環境づくりにこだわった建築の数々


  90年代後半以降は、横河が手がける〝ハコ〞も大きくなり、意欲的な作品も多く生まれている。医療・健康増進施設「グラスハウス」、地下鉄大江戸線の駅舎(大門駅、汐留駅)、そして、複合施設「CESS 埼玉県環境科学国際センター」などがその代表作だ。並行して集合住宅にも携わっており、これら作品群には、横河の都市へのこだわり、都市住居のスタンダードレベルを上げる提案が込められている。

 どこかで誰かが見てくれているもので……ある日突然、岡田新一先生から電話があったんです。「すぐに会いたい」というので出向いたところ、その数日後にはグラスハウスの設計者として指名を受けていました。これは岡山県津山市に建つ施設で、岡田先生がコミッショナーを務める「クリエイティブタウン岡山」と呼ばれる公共施設づくりの一環として計画されたものです。

 もともと酪農試験場があったところで、素晴らしい自然を携えていた。この景観を初めて目にした時、ずっとここにいたくなるような建築をつくりたいと、強く思ったのを覚えています。外観でいえば、地表の起伏や高低差を利用した緩やかな曲線を描くような建築。この土地が持っているたおやかなアンジュレーションの上に、人工のアンジュレーションを載せることで、土地特有の景観を生かした新たな風景をつくり出そうと考えたのです。熱意ある人たちにも恵まれ、とにかく現場が楽しくてね、七十数回に及んだ東京との往復も全然苦にならなかった。後に、美術学科出身者としては初となった日本建築学会作品賞をいただいたことも
あり、その点でも僕にとって記念的な仕事となりました。

 今にすれば当たり前だけれど、建築はランドスケープのほんの一部。巨匠フランク・ロイド・ライトの「タリアセン」ってあるでしょう。これ、元来の言葉の意味はシャイニングブラウ、「輝く額」だといいます。人間の頭にあたる山の稜線は神様がつくったもの。そこにポンと建築を置いてはいけない、眉毛のあたりに置きなさいと。つまりここには、「環境と建築は一体にある」という教えが込められていると、僕は思っているんですよ。


 2002年に完成した「THE TERRACE」もまた、エポックな建物だ。横河設計工房の事務所であり、かつ、インテリアショップやカフェレストランが立体的に組み合った複合施設で、衣食住の境を越えたライフスタイルを提案する場でもある(19年に譲渡、事務所は渋谷区に移転)。横河が自ら土地を調達し、つくり上げたこの建築空間は、「モノづくりはコトづく
り」の一つの集大成だといえる。

 人員が多くなって西麻布の事務所が分散状態になっていたから、どこか広い場所に移ろうと考えてはいたんです。ここ横浜市の仲町台近くに現場があって、しょっちゅう来ているうちに、こんな緑の多いところにアトリエを持てたらいいなと。で、僕は図々しくも土地を持つ住宅都市公団に「土地ってあります?」と顔を出しまして。最初は相手にされませんでしたが、自分の仕事や考え方を粘り腰で話しているうちに、時々土地を見せてくれるようになったんです。そして、これは面白い!と思ったのが、公園緑地に面して法面に細長くへばり付いている変な土地。公団にすれば「建物は無理でしょう」という条件のよくない土地でしたが、僕には興奮ものでした。建築については、地形的高低差がちょうど一層分くらいある特異な既存環境を生かすと同時に、いろんな空間が価値を高め合えるよう工夫したつもりです。

ずっと変わらず大事にしてきたのは、「そこにあってほしいもの」を真摯に求めること


 土地のデベロップメントに挑んだようなもので、事務所にすれば一大事業。それこそ、テナント部分では建築以上に産みの苦しみがありました。家具や照明器具などを扱うのは本業だけれど、カフェレストランは当然プロに入ってもらわないといけない。で、折しも東京駅や六本木界隈の再開発があった頃で、いいと思うオーナーさんを皆取られちゃった。直営なんて考えていなかったのに、結局、2カ月前に「自分でやる」と決めて、無謀にも始めたという話もあります。当初はハラハラの連続でしたが、結果的にTHE TERRACEは地域に根ざし、一定の成果を得たとは思っています。完成から17年経ってここを譲ることにしたのは、母が他界して住んでいた家が空き家になり、そっちをデベロップして事務所を移すことにしたから……。

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「美しい都市」への変わらぬ思いを胸に、ポリシーを貫く

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PROFILE

横河 健

横河 健

○東京都渋谷区生まれ
1970年 9月  ワシントン州立大学交換留学生

1972年 3月  日本大学芸術学部卒業

   4月  黒川雅之建築設計事務所入所

1976年11月  設計事務所クレヨン&アソシエイツ設立

1982年 4月  株式会社横河設計工房設立

2001年 4月  日本大学芸術学部兼担講師( ~2013年)
       日本大学研究所教授(~2003年)

2003年 4月  日本大学理工学部建築学科教授 ( ~2013年)

2004年 4月  JIA日本建築家協会副会長(~2006年)

2008年 4月  日本建築学会代議員(~2009年)

2009年 4月  東京大学大学院非常勤講師(~2011年)

2014年 4月  日本大学理工学部建築学科特任教授(~2015年)

2016年 4月  武蔵野美術大学建築学科客員教授(現任)

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