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建築家、構造家を経て、新・世界地図の発明へ。<br />頭で考えるだけではなく、〝手で考える〞ことも大事

建築家、構造家を経て、新・世界地図の発明へ。
頭で考えるだけではなく、〝手で考える〞ことも大事

オーサグラフ株式会社 鳴川 肇

 2009年、一枚の見慣れぬ世界地図が世間の大きな注目を集めた。その地図の名は、「オーサグラフ世界地図」。これは、地球など球面を長方形の平面に書き写す空間表記法で作成された世界地図である。最もポピュラーな「メルカトル図法」で作成された世界地図では、高緯度地方の面積表記が不正確で、島などの形が大きく歪んで投影されるのに対し、「オーサグラフ世界地図」では、陸地の面積比がほぼ正確に表記されると同時に、形や距離の歪みも低減できる。人々の世界認識を大きく変える可能性を秘めたこの画期的な地図を発明、手がけたのは、建築家・構造家の鳴川肇氏らである。建築と世界地図││。両者に共通点はまったくないように思えるが、鳴川氏はいったいどのような経緯でこの地図を生み出すに至ったのか。その類まれな創造性の背景に迫った。

模型づくりが大好きなどこにでもいる普通の子供だった

「絵を描いたり模型をつくったりすることが好きな、どこにでもいるごくごく普通の子供でしたね」

鳴川氏は、自らの少年時代をそう述懐する。もっとも、家庭環境は一般家庭の〝普通〞とはちょっと違っていた。父親の海外赴任に伴い、生後まもなくドイツへ。帰国後も国内各地を転々とした。現在も生活拠点としている東京都内に落ち着いたのは、中学生になってからだ。

「ドイツで暮らした記憶は今も脳裏に残っています。現地で美しいデザインの建物やプロダクトを目にして、子供心に『素晴らしいなぁ』と感銘を受けたことを覚えています。帰国後も引っ越しを繰り返す日々で、そのたびに新しい住居や空間に触れてきました。それらの記憶や経験が積み重なって、現在にも通じる〝空間〞や〝建築〞に対する憧れ、そして審美眼が育まれていったのかもしれません」

その後、都内の高校に通い始めた鳴川氏は、そこで一つの転機を迎えることになる。

「高校生活最後の文化祭で、クラスの出し物として演劇を披露することになり、私は舞台美術を担当しました。設営に使える時間は、たったの1日。クラスメイトたちと協力しながら舞台をつくり上げていったのですが、教室という何の変哲もないコンクリートで囲まれた空間が、短時間で劇的に変化して舞台化することに感動しました。そんな経験をして以降、将来は様々な空間を演出したり、デザインしたりする仕事に就きたいと具体的に考えるようになり、大学に進学して建築を学ぶことを決めたのです」

人生を大きく変えた立体幾何学、遠近法との出合い

大学で、鳴川氏は建築史を学ぶ研究室に所属しながら建築デザインを学んでいたが、いつしか「いくら素晴らしい建物のビジョンを提案できたとしても、建物を実現化させる構造そのものへの理解が薄ければ、まったく意味がないのではないか……」といった疑問を抱くようになる。そして大学を卒業した後、その疑問を解消するべく、東京芸術大学大学院に進学し、構造計画の研究室で学ぶことにした。

「その研究室では、構造的に合理的な〝形〞があることを学んだと同時に、その合理的な〝形〞を探求するには、立体幾何学が役立つことを知りました。それまで毛嫌いしていた代数幾何が建築にとって便利なツールであることに気づき、猛勉強しましたね」

鳴川氏は日々の学びのなかで、後に花開くことになるもう一つの重要な発見をする。それは子供の頃から親しんできた〝絵〞にまつわるもので、「絵の描き方の一つである遠近法が、幾何学に基づいて考案され、その原理は写真やCGにも応用されている」ということだった。ここで、彼の頭に新たな気づきが生まれる。

「遠近法には画角に制限があったり、歪んだりするといった欠点があります。でも、歪みが少ない世界地図の製図法を用いることで、その遠近法の歪みを取り除き、三次元の全方位を平面にくまなく投射できるのではないか、ということを思いついたんです」

この時、図法の開発に活用した「歪みの少ない地図」――それは建築家や発明家、思想家、詩人など多様な分野で活躍した20世紀の巨人、バックミンスター・フラーの「ダイマキシオンマップ」という世界地図である。大学院に進学してからフラーに興味を持った鳴川氏は、フラーが考案した「ジオデシック・ドーム」や「テンセグリティ構造」の研究に明け暮れるように。その過程で、前述の「ダイマキシオンマップ」の存在を知り、応用を閃いたのである。この発見が、後に彼の人生を大きく変えていく。

大学院修了を間近に控えていた鳴川氏は、就職も検討したが、前述の新たな図法の開発を続け、論文にまとめたいという思いを抱くようになっていた。悩みに悩んだ末、この図法を追究するために就職をあきらめ、オランダの大学院に進学することにした。

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建築の勉強の傍ら全方位を撮影できるカメラを開発

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PROFILE

代表取締役
鳴川 肇

なるかわ はじめ/

1971年、神奈川県生まれ。

94年、芝浦工業大学工学部建築工学科卒業(JIA卒業設計競技金賞受賞)。

96年、東京芸術大学大学院美術専攻科修了(サロン・ド・プランタン賞受賞)。

99年、ベルラーへ・インスティテュート・アムステルダム修了。

2001年、VMX Architects、03年、佐々木構造計画研究所勤務を経て、

09年、オーサグラフ株式会社を設立。

ICC「オープン・スペース 2009」において、独自開発した「オーサグラフによる世界地図」を公開。

15年、慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授に就任。
16年、世界地図図法 「オーサグラフ世界地図」がグッドデザイン大賞受賞。

専門領域は美術製作、建築デザイン、構造計画、世界地図図法、透視図法の開発など。

日本科学未来館アドバイザー。

オーサグラフ株式会社

設立/2009年6月 代表者/鳴川 肇
所在地/東京都杉並区和泉4-47-15

http://www.authagraph.com/

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