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Architect's magazine

その地域や人々が持つ固有の魅力を 読み取り、浮かび上がらせていく。 それが建築の使命であるべきだし、 また、最大の魅力でもある

その地域や人々が持つ固有の魅力を 読み取り、浮かび上がらせていく。 それが建築の使命であるべきだし、 また、最大の魅力でもある

千葉 学

「そこが素晴らしい敷地だったことは、その家が建てられるまで誰も気づかなかった」。千葉学は、このフランク・ロイド・ライトの言葉を好む。建築には本来、その土地、土地に根づく歴史や、営まれている活動の魅力を浮き彫りにする力があると考えるからだ。千葉が携わる領域は、住宅、商業・公共建築、大学施設など幅広いが、作品すべてに共通しているのは、その環境の魅力をあぶり出すことへのこだわりである。だから、自分のスタイルには固執しない。常に〝そこにできる建築〞のありようを根本から考え、腐心する。千葉のスタイルは、建築家として踏み出した時から変わっていない。

豊かな次代に思いを馳せ、思考と実践を練り上げていく

富士山麓にある「日本盲導犬総合センター」。これは、千葉にとって最大の転換点となった作品である。プロポーザルで選ばれた初めての公共建築で、誰もやったことのないプログラムへの挑戦だった。元来、盲導犬を訓練する施設は概ね〝閉ざされた場〞であるのに対し、本件は盲導犬の活動を広く伝えるべく、地域に〝開かれた場〞にすることが求められていた。複雑で、極めて特異なプログラムだったのである。

訓練する環境を守りながら、一方で、町ともつながっている場所。矛盾しているようですが、先ほどの住宅と同じで、僕にとっては考えの基本にあることです。ただ、前例がない。何が本当にいいのか、関係者たちもわからないわけです。求められる機能も、実に多岐にわたる。犬を訓練するための棟や外部空間、犬と人間が一緒に過ごせるラウンジ、ほかにも展示空間や病院など、あたかも小さな集落をつくるような感覚です。考えたのは、これらの様々な機能に対応した部屋の一つひとつが、独立しつつもつながるという空間配置のあり方。行き着いた案は、蛇行する回廊の間に建物と外部空間が交互に挟まれるという、実にシンプルなものでした。そこから、建物同士がどういう関係にあればいいか、対話を重ねて考えていきましょうと。

実際、設計プロセスは、このシンプルなルールを維持しながら劇的に変わっていきました。議論によって配置計画を自在に変えていきましたから。えてして建築家は、全体のかたちや輪郭に固執しがちですが、僕は、本質的なルールさえ見つければ、あとは自由でいいと思っています。例えば、桜の木は一本一本かたちが違うでしょう。育つ場所、気候などの条件に応じて、樹形や枝振りが変わっていく。そんな育て方が、このプログラムには必要だろうと考えたのです。

どこまでが建築で、どこまでが建築でないのか。そんな曖昧な輪郭を持った全体のかたちは、この周囲に残っている林と、牛舎や鶏舎が点在する風景ともうまく連動しています。ここは今、自転車のイベントなどにも使われていて、地域の活動や人が集まる拠点になっているんですね。人々に使われ続ける場所になったのは、本当にうれしい。

場所と人に新しい関係を見いだし、それを創造する。「デザインは関係をつくること」――ここを機軸に、千葉の思考と実践は練り上げられてきた。最近の代表作に「工学院大学125周年記念総合教育棟」「大多喜町役場庁舎」があるが、そこにも、千葉らしいスタイルは色濃く反映されている。

大学には、実に多様な人の集まり方がありますね。何百人規模の講義もあれば少人数のゼミもあり、あるいは、学園祭では学外の人たちとの交流があったり。こういう人の集まり方が随所で生起する風景こそが最も大学らしいと思うのですが、今のほとんどの大学にはそれが感じられない。根底にあった問題意識はここです。どんな場所にいても、ほかで起きている活動を感じられる。そんな大学にしようと追求したのが工学院大学です。片廊下型の建物が4つL字形に折れ曲がり、それらが背中合わせに寄り添うようにして建つ建築。そこに生まれるのは、パサージュと呼ぶ風車型の路地状の空間で、そこを介すことで、様々な教室や研究室が直接向き合える関係性を築いたわけです。

大多喜町役場も、やはり人の集まり方を強く意識して設計したものです。町民にとって役場は町のシンボルだし、何より、大多喜らしさを感じられるような場所にしたかった。60年近く前に、この役場を手がけた今井兼次さんの精神と、僕たちの建物とでどういう関係性がつくれるか。そして、町と建物の関係において、新しい価値をどう生み出していくか。結局のところ、大学にしても役場にしても「本来どういう場所なんだろう」という根本から始めていくわけです。

建築家の仕事は、本来そこにあると思う。その地域や人々が持つ固有の魅力を読み取り、浮かび上がらせていく。それが建築の使命であるべきだし、また最大の魅力でもあるのです。近代建築思想のもと、日本は「とにかくつくればいい」という時代が長らく続き、つくる技術ばかりに重きが置かれてきたけれど、これではもう豊かな次代は築けません。大切なのは「読み取る力」。町や地域の歴史、営み、そして潜在的なコンテクストを読み取る技術が、これからの建築にはますます重要になってくると思いますね。

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PROFILE

千葉 学

千葉 学

1960年7月6日 東京都世田谷区生まれ

1985年3月 東京大学工学部建築学科卒業

1987年3月 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了

1987年4月 株式会社日本設計入社

1993年4月 ファクター エヌ アソシエイツ 共同主宰

1993年~96年 東京大学工学部キャンパス 計画室 助手

1998年~2001年 東京大学工学部建築学科安藤研究室 助手

2001年5月 千葉学建築計画事務所設立

現在 東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻 教授

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