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Architect's magazine

その地域や人々が持つ固有の魅力を 読み取り、浮かび上がらせていく。 それが建築の使命であるべきだし、 また、最大の魅力でもある

その地域や人々が持つ固有の魅力を 読み取り、浮かび上がらせていく。 それが建築の使命であるべきだし、 また、最大の魅力でもある

千葉 学

「そこが素晴らしい敷地だったことは、その家が建てられるまで誰も気づかなかった」。千葉学は、このフランク・ロイド・ライトの言葉を好む。建築には本来、その土地、土地に根づく歴史や、営まれている活動の魅力を浮き彫りにする力があると考えるからだ。千葉が携わる領域は、住宅、商業・公共建築、大学施設など幅広いが、作品すべてに共通しているのは、その環境の魅力をあぶり出すことへのこだわりである。だから、自分のスタイルには固執しない。常に〝そこにできる建築〞のありようを根本から考え、腐心する。千葉のスタイルは、建築家として踏み出した時から変わっていない。

環境に呼応する建築。時を経て顕在化された千葉流スタイル

日本設計時代から設計活動でパートナーシップを組んでいたナンシー・フィンレイ氏が開設した、「ファクターエヌ アソシエイツ」に加わったのが1993年。アメリカでランドスケープに携わってきた同氏と、タッグを組んだかたちである。住宅、東大工学部キャンパス計画室、そして日本設計で仕かかりになっていた仕事と、動きは当初から慌ただしいものとなった。

独立は、やはり大変ですよ。僕は大きな組織にいたでしょう、飛び出すと何のネットワークもない。組織事務所にいる建築家は、純粋に設計だけをやっていればよくて、構造や設備などは組織が自前でカバーしてくれる。だから独立した当初は、僕には仕事を頼める人が誰もいないという、いわば〝丸腰〞状態。ある意味、清々しくはあったけれど、これには苦労しました。

ファクター エヌ時代の一番大きな仕事は、和洋女子大学のセミナーハウスですね。降って湧いたような幸運な話で、何の実績もない僕らに「広大な場所に学生の研修施設をつくるので、ぜひやってほしい」と声がかかったのです。日本でも、ランドスケープが大事な領域であるという認識が広がってきた時代で、タイミングに恵まれたのでしょう。実質初めての大がかりな仕事でしたが、ランドスケープと建築が表裏一体となった、いいかたちのものができたと思っています。

でも、この時代につくったものは少なくて、今にすれば、どうやって僕らは食べていたんだろうと思う(笑)。その後、僕とナンシーとでやりたいことが違ってきて、彼女の軸足はコミュニティ活動やインスタレーションに移り、僕はといえば、建築を一からつくりたいという思いがますます強くなっていた。8年間ほど一緒にやりましたが、そろそろ組織を別にしようということで、僕は〝2回目の独立〞をしたわけです。

「千葉学建築計画事務所」を設立し、再出発したのは、ちょうど40歳の時。最初の仕事は住宅「黒の家」で、千葉流スタイルはここから顕著な確立を見せる。閑静な住宅地のなか、塀を設けず、外部空間で建物を切り取っていくようなこの家は、都市の一つのテクストになるような建築となった。

1階は外部をえぐり取ったようなかたちになっていて、3階はスリットを切って……と、外部空間との連続性を意識した住宅です。もともと僕は、都市にすごく興味があって、東京の最大の魅力は隙間だと思っているんですよ。先述した大学の卒業設計にも通じる話ですが、建物と建物の間にこそ、東京らしさが一番出ていると。だから、30坪の住宅でも都市を語れないといけないと考え、この辺りにある様々な隙間が、そのまま住宅に雪崩れ込んできたようなものにしたかったのです。独立して最初だったし、ずっとやりたかったテーマに取り組めたという点において、今も印象深い仕事ですね。

あと、僕は住宅をつくる時に、基本的に塀をつくらないんです。本来、都市空間はシームレスにつながっていると思うから。これは、子供の頃の体験が影響しているのかもしれません。僕は世田谷で生まれ育ったんですけど、例えば、小学校に行く時に勝手に人の家の庭を通ったり、道路なのかどうかよくわからない細道を通り抜けたりするのが、すごく面白かったんですね。都市は、特に東京はそういう隙間が連続してできているわけです。建物自体はそれぞれ勝手に建てられていても、隙間のほうはむしろ連続している。そういう、敷地境界を飛び越えて感じられる連続的な体験が僕には面白い。

住宅でも集合住宅でも、人間が住まいに求めることって、根本的には変わってないと思うのです。穴蔵のごとく、自分が最低限守られているという場所を求める一方で、外ともつながっていたい――そんな矛盾する思いが同居している。プライバシーを守りながらもシームレスに都市につながる。そのために「外部をどう取り込むか」。住宅については、これがずっと僕のテーマになり続けています。

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PROFILE

千葉 学

千葉 学

1960年7月6日 東京都世田谷区生まれ

1985年3月 東京大学工学部建築学科卒業

1987年3月 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了

1987年4月 株式会社日本設計入社

1993年4月 ファクター エヌ アソシエイツ 共同主宰

1993年~96年 東京大学工学部キャンパス 計画室 助手

1998年~2001年 東京大学工学部建築学科安藤研究室 助手

2001年5月 千葉学建築計画事務所設立

現在 東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻 教授

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