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Architect's magazine

建築は都市空間をつくる一つの要素。周辺を含めた環境づくりに目を向け、“全体”をよくしていく――。そういうパブリックデザインの視点が今後ますます重要になる

建築は都市空間をつくる一つの要素。周辺を含めた環境づくりに目を向け、“全体”をよくしていく――。そういうパブリックデザインの視点が今後ますます重要になる

亀井忠夫

言わずと知れた日本最大の設計事務所・日建設計を統括する亀井忠夫は、今も、一人のデザインアーキテクトとして現場に立つ。グループ全体で見れば、職員数約2500名。世界第2位の規模となったこの大所帯を牽引する社長業と建築家業、傍目には切り替えが難しいように映るが、亀井はそれらを両輪として重んじ、泰然とこなしている。もとより、建築だけでなく、社会環境デザインに強い志向を持つ亀井にとって、〝総合力〞ある日建設計は水が合う組織だったのだろう、その実力をいかんなく発揮してきた。「クイーンズスクエア横浜」「さいたまスーパーアリーナ」、そして近年の「東京スカイツリー」などといった代表作に見られるように、どの時代においても亀井の眼差しは、「より美しい環境デザイン」に熱く向けられている。

子供の頃に目にした印象的な建物が、建築を目指す端緒に

兵庫県西宮市で生まれ育った亀井は、父の転勤に伴い、小学5年生の時に東京に移住。大都市とはいえ、越した先の住宅地は、「西宮に比べて道路が狭隘だったりして、環境的にはあまりよくなかった」と記憶している。だが、東京には、亀井少年の心を捉えたいくつかの際立った建物があった。この頃に受けた刺激が、結果的に、亀井を建築の道に進ませたのである。。

例えば、学校行事の一環として、観劇のために連れて行ってもらった日生劇場が、子供心に「すごいなぁ」と。僕にとっては観た芝居より、劇場ロビーや客席など、建物のいたるところに感じた特別な雰囲気のほうが印象的でした。あるいは、遊びに行った友達の家。和風の立派な家で、洗練された佇まいに憧れを抱いたものです。あとになって、その友人宅は著名な建築家の設計によるものだと知りましたが、思えば僕は、日常とは違う建物や空間に刺激を受けていた。それが深層心理に潜んでいたのでしょうね。

もともと、数学や物理といった理科系の科目が好きで、モノづくりにも興味がありました。小学校の頃はクルマのダッシュボードの図面を描いてみたり、プラモデルにはまったり。高校1年の途中、父の転勤で僕はまた西宮市に戻り、県立神戸高校に編入したんですけど、美術の授業で建築模型をつくったのも面白かった。理科系専攻だったから、何となく志向はつながっているものの、かといって、将来の職業イメージは特になかったんですよ。大学受験に向けて進路を考えた際、純粋な理系分野ではなく、文系的要素もある中間領域に進みたいなぁと思っているうち、〝顔〞を出してきたのが建築だったのです。それまで深層心理にあった建物、建築への興味が、顕在化したというわけです。

再度上京し、亀井は早稲田大学の建築学科に入学する。1年生からすぐに建築を学べる環境に身を置いたこと、そして、大勢在籍していた建築学科生による競争は、亀井を十分に鍛えてくれた。

とはいえ、入学した当初はなかなかショッキングな日々で……。大学に入れば、設計やデザインをきちんと教えてもらえると思っていたのに、講義はけっこう野放しだし、先輩の設計課題の手伝いに始終駆り出されていたから製図台の下で寝泊まりすることもザラで、下着も替えられない(笑)。一時は、早稲田をやめようかと本気で考えたりもしましたが、でも、手伝いを通じていろんな人間関係が生まれたり、授業では学べない実践的な知識が身についたりして、次第に学生生活が楽しくなっていったのです。

2年生になると、設計実習とか設計製図の課題などが出るようになり、ここからエンジンがかかりました。空間造形的なものや住宅に始まって、年次が上がれば美術館、学校などという具合に、課題には追われましたが、それが非常に面白かった。早稲田は評価ランクがはっきりしていて、提出したものが上位10人くらいに入ると、優秀作品としてスライド発表してくれたんです。そして、学外も含めた複数の先生からコメントをもらえる。僕も何回かは上位に入ったことがあって、そうなると、ますます「やるぞ」と(笑)。課題量が多いうえに、学科生が180人ほどいて競争が激しかったので、けっこう鍛えられましたよね。

当時は、穂積信夫先生、池原義郎先生、安東勝男先生、吉阪隆正先生などといった個性的な方々が教鞭を執っていた時代で、刺激的でした。そのなかで、僕が穂積研究室を選んだのは、アメリカ留学され、エーロ・サーリネンの事務所に勤務した経験を持つ先生のお話が、リアルでとても面白かったから。アメリカの最新建築がどのように設計されているか、そういった話には、興味をかき立てられたものです。その後、僕もアメリカに留学することを決めたのは、穂積先生から受けた影響が大きかったように思います。

【次のページ】
アメリカ留学を経て日建設計へ。

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PROFILE


1955年1月 兵庫県西宮市生まれ
1977年3月 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1978年7月 ペンシルバニア大学芸術学部大学院
建築学科修了
HOKニューヨーク事務所勤務(~79年)
1981年3月 早稲田大学大学院理工学研究科
建設工学専攻修了
4月 株式会社日建設計入社
1997年4月 設計室長
早稲田大学建築学科非常勤講師
(~00年3月)
2000年4月 東京電機大学建築学科非常勤講師
(~03年3月)
2006年1月 執行役員 設計部門代表
2012年1月 常務執行役員 設計担当
2013年3月 取締役常務執行役員 設計部門統括
2015年1月 代表取締役 社長 執行役員

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