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建築は社会全体における様々な流れに沿って動くもの。それを味わいながら、自分の行き場所を探していくと、自然な建築や生活に出合える

建築は社会全体における様々な流れに沿って動くもの。それを味わいながら、自分の行き場所を探していくと、自然な建築や生活に出合える

内田祥哉

日本の建築構法と建築生産研究の大家である内田祥哉は、これまでの長い道のりにおいて、常にアカデミズムと実践を両立させてきた。モデュラーコーディネーションを核とする研究成果は、プレハブ住宅から高層建築まで幅広く生かされ、戦後の日本の建築業界に多大な事績を残している。他方、設計活動における代表作には、日本建築学会賞を受賞した「佐賀県立博物館」「佐賀県立九州陶磁文化館」や、意欲的な実験集合住宅「大阪ガスNEXT21」などがある。加えて、内田はプロフェッサー・アーキテクトの先駆けとして、人材育成に寄与してきたことでも高名だ。学者、教育者として、そして建築家として、内田はまさしく、その人生を建築に捧げてきたのである。

建築の未来に向けて。今なお研究を続け、第一線に立ち続ける

東大を退官した後、明治大学教授、金沢美術工芸大学特認教授、そして日本建築学会会長などを歴任。90歳を超えた今も、内田はセミナーでの講演や執筆など、多彩な活動を続けている。モデュラーコーディネーションを生涯のテーマとするなか、目下の関心事は、その経験が深い日本建築にあるという。

日本とヨーロッパの基本的な建築の違いは「締まり嵌め」と「隙間嵌め」。畳を例に挙げるとわかりやすいですが、畳と敷居の間には隙間がないでしょう。それは、ちょっと大きめにつくった畳を押し込むから。箪笥と引き出しの間にも隙間はほとんどないし、そういうつくり方の上手さが日本では好まれます。締まり嵌めは、柔らかいものは大きめにつくって押し込めばいいという考え方ですが、ヨーロッパは主にレンガや石、金属を使うから、中にモノを入れる時は、逆に小さくつくって周囲を埋める隙間嵌め。木材と金属の世界、その違いがわかったのは、僕に言わせればまだ最近の話なんですよ。

僕自身、モデュールを始めた頃は、ミリ単位の非常にきちんとしたものだと思っていたけれど、実はそうではない。昔から大工さんが「この家はこの寸法で」とやってきたように、〝相手に合わせる〞のが日本建築だとわかると、ある種の寛容さが必要だと思えてきます。だから日本建築はよくできているし、そのフレキシブルさと美しさは、日本建築最大の特徴なのです。
できあがっているものに合わせて、きちんとしたモノをつくる。それは、自然のなかに建物をつくることにも、広く社会の暮らし方にも通じることではないでしょうか。そう考えていくと、モデュールはまだ発展途上で、もっと先があるかもしれない。結局、モデュールというのは、僕が建築を始めて以来今日まで続く、生涯にわたる研究テーマになったというわけです。

さらに、内田の関心は建築のリハビリテーションにも向けられている。もはや新築の時代ではなく、改修と維持管理の時代に入っているとし、後進の建築家たちには「これまで蓄積されてきた建築界の経験に目を向け、新しい方向を考えてもらいたい」と語る。

スウェーデンの建築家、ラグナル・エストベリは「100年持たせようと思ったら、100年持っている建物を見習うしかない」と言っています。この言葉に依れば、煉瓦造や木造は1000年以上の歴史があるから、そこから教えてもらえることはあるけれど、何年持つか、まだよくわからないのが鉄筋コンクリートです。100年持った建物がないですからね。鉄筋が錆びてきたらどうやって補修するのか、それは極めて難しい問題だし、配管や配線類などは、露出でないと取り替えもできない。昨今も様々な問題が起きていますが、これからはリハビリテーションがより重要になってくるでしょう。それら問題に取り組み、建築を長持ちさせる。あるいは、そういう価値のある建築をつくっていく――大事なことはそれに尽きると思います。

僕たちの時代は右肩上がりだったから、何をやっても新しいことができたけど、今の若い人たちはなかなか難しいですよね。でも「芽を出そう」と無理をしても、建築というのは総じてうまくいきません。建築は社会全体における様々な流れに沿って動くものだから、一つの流れではなく、いろんな流れを味わいながら自分の行き場所を探していくのが、建築のやり方だと思うのです。モデュールの話で、相手に合わせてやっていくのが日本流だと言いましたが、それと同じで、何となくひとりでに形成される社会のデファクトスタンダードを見つけると、自然な建築、生活ができるものです。僕は戦争を通じて、社会が閉ざされてしまった時代を経験しているから、「自然の流れ」というものを、ことさら大事にしたいと思っているんですよ。

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PROFILE

内田祥哉

内田祥哉

1925年5月2日 東京都港区生まれ
1947年3月 東京帝国大学第一工学部建築学科卒業
4月 逓信省技術員
1949年4月 電気通信省技官
1952年4月 日本電信電話公社社員
1956年4月 東京大学助教授
1970年4月 東京大学教授
1986年4月 明治大学教授
東京大学名誉教授
1993年4月 日本建築学会会長
1994年4月 日本学術会議会員
1996年4月 内田祥哉建築研究室設立
1997年4月 金沢美術工芸大学特認教授
2002年4月 金沢美術工芸大学客員教授
2010年4月 工学院大学特任教授
日本学士院会員

主な受賞

1970年 日本建築学会賞(作品/佐賀県立博物館)
1977年 日本建築学会賞
(論文/建築生産のオープンシステムに関する研究)
1982年 日本建築学会賞
(作品/佐賀県立九州陶磁文化館)
1996年 日本建築学会大賞(建築構法計画に関する一連の
研究および設計活動による建築界への貢献)
ほか多数

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