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Architect's magazine

構造計算は、仕事のごく一部であり、「つくり方をデザイン」するのがエンジニアの本分。<br />そこに立てば、この仕事は、最高に面白い

構造計算は、仕事のごく一部であり、「つくり方をデザイン」するのがエンジニアの本分。
そこに立てば、この仕事は、最高に面白い

川口 衞

50年以上、国内外で多岐にわたる構造設計に携わってきた川口衞は、構造エンジニアとして第一線を走り続けている。初期作品である「国立代々木競技場」や大阪万博の建造物を皮切りに、常に斬新な構造を追求し、実現させてきたその功績は大きい。大空間構造の設計において有効な手段となる「パンタドーム構法」の考案者でもある。また、建築ではない橋やタワーの土木構造物も設計するなど、川口の活動領域は実に広い。そして、楽しんでいる。近著『構造と感性』の中には、こんな印象的な一文がある。「構造デザインとは単なる知識や技術の機械的な適用ではなく、五体、五官を総動員して行う全人格的な作業である」――ここにこそ、川口の真骨頂があるように思う。

〝引き算〞で選んだ建築の道だったが、恩師によって才が開く

喪失の連続だった」。川口は自分の少年時代をこう表現する。1945年の敗戦間際、川口が生まれ育った福井市は米軍の大空襲を受け、町は焼け野原と化した。そして復興間もない3年後、今度は福井大地震が起き、わずか数年で2度も住む場所を失うという尋常ではない事態に見舞われたからだ。

実家は銭湯を営んでいたので、復興するといっても自分たちの住居だけでなく、銭湯という大きな建物をも建て直さないといけないわけです。戦後はどこも、住む場所にも食べ物にも不自由した時代でしたけど、それに加えての災難でしょう。8人の子供を抱えた両親の苦労は、それは大変なものでした。でも、そんな苦境にありながらも、親は絶望的な言動を見せたことがなく、日常生活の中で、ささやかな幸せを見つけて感謝するという姿勢を崩さなかった。子供ながらに偉いなぁと思ったし、今にすれば、本当の意味で高度な教育だったと思うんですよ。

昔の銭湯って家族労働で成り立っていたから、僕ら子供も親の手伝いをするのは当たり前。男手、女手、それぞれに役割があって、何が役に立って、何が役に立たないか、そんなことを自然に覚えたような気がします。これもある意味、いい教育になっていた。

家業の手伝いもあるし、そう熱心に勉強したわけじゃないのですが、自分が理系に向いていることは自覚していました。高校生の頃、「先生と同じくらい理解できている」と思えたのが物理で、なかでも力学が特に。将来何をしたいかは、まだ見えていなかったけれど、漠然と「力学を使うようなこと」という思いはありました。

川口は東京の大学に進学するつもりで準備を進めていたが、その受験の年、労苦を重ねた父親が他界してしまう。当時の長男の常として、川口は「銭湯の店主」にならざるを得なくなった。「地元ならば、家業と学業を両立できるのではないか」。そう考え、進学したのが福井大学の工学部だった

工学部には機械、電気などの標準的な学科と、地元の産業に必要な紡織や繊維の学科もあったんですけど、どれにも惹かれなくて。唯一「興味を持てるかも」と思えたのが建築でした。残念ながら(笑)、建築に憧れてという話ではなく、きわめて現実的というか、引き算的に選んだ道だったのです。

でも、人生わからないもので、ここから私は幸運に恵まれることになった。その最たるものが、最初の恩師、吉田宏彦先生との出会いです。構造学者として、当時、新しい構造システムであったシェル構造の研究もされていた天才的な人。それでも、学生に対して「ただ難しいだけ」の話は決してせず、構造力学や材料工学など、それぞれにどういう意味があり、何が面白いのかをわかりやすく教えてくださった。

しかも先生は多才で、ピアノも歌もうまいし、絵にしても並外れてうまい。よく遊びの話もしてくれたのですが、印象に残っているのは、ある時授業中に、「今日は大事な話をするから」と、黒板にいきなり民謡の歌詞を書き連ねた一件。そして、唄うという。でも木造校舎で音が抜けるから、ほかの授業の邪魔にならないよう〝口パク〞で。みんなポカーンとしちゃって、あっけに取られたものです。吉田先生は、この佐渡の民謡・相川音頭に惚れ込み、多くの建築関係者に広めるほどの熱の入れようでした。僕も「相川音頭の会」に巻き込まれたのですが(笑)、そんな具合で、先生からは実に多くのことを教わった。一言にすれば、「人生はちゃんと楽しめ」ということ。そして楽しむためには、建築も構造も、遊びも、中途半端な理解ではダメで、全力で向き合うことが大切であると。

もう一つ大学時代の話をすれば、もともとの水泳好きが高じてヨット部に入り、懸命に練習を重ねたことですね。ヨットは本当に面白い。風の吹き方に合わせて体のバランスを取り、さらに帆をさばき、舵をさばく。〝感覚〞で捉え、対応していくわけです。風と人間のテクニックとの関係は、それこそ力学や今の仕事にも通じていますが、この妙味というべきか……それが大好きで、ずいぶん夢中になったものです。

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大学院時代に経験した仕事を通じて、「構造の本質」をつかむ

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PROFILE

川口 衛

川口 衛

1932年10月21日 福井県福井市生まれ
1955年3月             福井大学工学部建築学科卒業
1957年3月        東京大学大学院建築構造学専攻修了
1960年4月       法政大学専任講師
1962年4月       法政大学助教授
1964年4月       川口衞構造設計事務所設立
1966年6月       工学博士(東京大学)
1972年4月       法政大学教授
1997年10月     シュトゥットガルト大学名誉工学博士
1998年10月     スロバキア工科大学名誉工学博士
2003年4月       法政大学名誉教授

主な受賞歴
1970年       科学技術庁長官賞  日本建築学会賞(83年、97年も)
1995年       土木学会田中賞  国際構造工学会(IABSE)賞
2001年       国際シェル空間構造学会  (IASS)トロハ・メダル
2008年         日本免震構造協会賞
2015年       日本建築学会大賞
ほか受賞多数

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