アーキテクト・エージェンシーがお送りする建築最先端マガジン

Architect's magazine

その場所が気に入った、 そこにいたい…… 人が湧きだしてくるような空間。 それも百人、千人単位でいることが 絵になるような空間を、つくりたい

その場所が気に入った、 そこにいたい…… 人が湧きだしてくるような空間。 それも百人、千人単位でいることが 絵になるような空間を、つくりたい

小嶋 一浩

大学院在学中に「シーラカンス」(のちC+A、CAtに改組)を共同設立して以来、小嶋一浩は、主に公共建築において多くの話題作を生み出してきた。とりわけ著名なのは学校建築で、代表作「千葉市立打瀬小学校」「宇土市立宇土小学校」「ホーチミンシティ建築大学」などは、今も際立った存在感を放つ。貫かれているのは、建築や都市のなかに、空間の面白さ、自由さを獲得するというこだわりだ。それを実現するための思考は、「アクティビティ」「スペースブロック」「黒と白」などといった独自の言葉に還元されているが、同時にこれらは、新たな建築のありようを示す道標にもなっている。

早々に先鋭集団として注目され、学校建築で一躍メディアにも登場

SDレビューに入選した際、書類に共同設計者を記入する欄があり、その時に「エッジの効いた名前にして覚えてもらおう」と付けたのが、「シーラカンス」というグループ名だ。発足時のパートナーは7名。以降、組織の変遷を経ても、作家主義に陥らず、パートナーたちとキャッチボールしながら広がりを大切にする、という仕事のスタイルは変わっていない。

「氷室アパートメント」を見た人が僕に声をかけてくださったり、ほかのパートナーも個人住宅や別荘を頼まれていたりで、開業早々から多くのプロジェクトが動いていました。ちょうどバブルのピークに向かう時期でもあったし。勉強しながら図面を描き、現場で監理にも就きと、一つひとつの仕事をこなすのは容易じゃなかった。どこかの設計事務所で実務を経験したというメンバーは誰もいなかったので、仕事はあっても処理能力が全然追いつかず、とにかく大変だった記憶しかないですよ。それでも、メンバーが次々とSDレビューに入選し、シーラカンスは「わけのわからん集団」として注目されるようになりました。

現在、「ピースおおさか」と呼ばれている大阪国際平和センターのコンペに勝ったのが最初の公共建築。そして、初めて学校の指名型プロポーザルに入れてもらったのが90年代前半。それが「千葉市立打瀬小学校」で、僕らの学校建築第1号となりました。

オープンスクール形式で、外にも内にも壁がない学校として話題になり、開校当初からテレビや新聞などのメディアでバンバン報道されたんですよ。結果の一つとして、それが帰国子女問題で頭を抱える親御さんの目に留まり、「日本にもこんな学校があるんだ」ということで、千葉のその学区域内に住むようになった人が増えたのです。「あんな学校に子供を通わせたい」と、今でも転入者は増えていて、定員オーバー状態だそうです。いい学校といい教育があれば人口は増えるというモデルになり、そういった期待のもとに声をかけられる仕事が増えました。うれしい話ですけど、以降20年間、これほど多くの学校を設計するようになるとは思ってもいなかった(笑)。

幾多のプロジェクトに精力的に臨んできたなか、一つ特徴的なものとして「スペースブロック」を活用した作品群が挙げられる。複数の賞を受賞した個性的なマンション「スペースブロック上新庄」を第一弾に、ハノイでは集合住宅として、また実験モデルとしては香港や台北でも展開されている。これは、設計に臨む際の手法として生まれたものだが、小嶋が常に大切にしているのは、「考えていることを単純な言葉に還元し共有する」ことである。

建築というのは、3次元的な空間を2次元の平面に単純化しなきゃいけないから、落ちてしまう情報がすごく多いのです。設計を考えていく時の一つの道具となり、また、アマチュアの人たちと情報共有するための何かいい方法はないだろうか……と思って始めたのがスペースブロック。要は空間の積み木なんですけど、これを使えば、記述の難しい3次元情報を共有でき、例えばワークショップなんかではいいコミュニケーションツールになるのです。最初は思考実験だったのですが、教えていた学生たちに「積み木でつくったところを家に見立てて、アレンジしてみたら?」とやってみると、皆面白いものをつくるんですよ。そこから実際の設計に使えたらいいね、という話になり、展開させていったのです。

僕らはずっと協働でやっているので、考え方をある程度言語化するのは大事なことになります。「黒と白」というのもその一つで、機能、あるいは使われ方と空間が一体一で対応しているのが「黒の空間」、逆に使われ方によってその都度変わる空間を「白の空間」として定義したものです。

これが設計に生きた顕著な例は、「宮城県迫桜高校」でしょうか。この学校にはやたら多くの部屋があって、それを整理するのに黒と白を使っていくと、教育委員会の人たちもプランの読み込みが早くなるわけです。共有ができると、黒と白の割合をどのくらいにするのが適正か、フレキシブルな議論ができる。もちろん、実際には黒、白と言い切れないものがたくさんあるけれど、言い切ることでジャンプできるというか、新しい世界が見えてくるんですね。これは海外でも通用した手法で、ボーダーを超えていけるものだと思っています。

小嶋/本文挿入画像4

【次のページ】
より素直に、よりワクワク感を持って建築と向き合っていく

固定ページ: 1 2 3 4

PROFILE

小嶋 一浩

小嶋 一浩

1958年12月1日 大阪府枚方市生まれ

1982年3月 京都大学工学部建築学科卒業

1984年3月 東京大学大学院修士課程修了

1986年 東京大学博士課程在学中に、伊藤恭行氏(現CAnパートナー)らと

「 シーラカンス」を共同設立

1988~91年 東京大学建築学科助手

1998年 C+A(シーラカンス アンド アソシエイツ)に改組

2005年 CA(t C+A tokyo)と CAn(C+A nagoya)に改組

2005~11年 東京理科大学教授

2011年~ 横浜国立大学大学院建築都市スクール“Y-GSA”教授

人気のある記事

アーキテクツマガジンは、建築設計業界で働くみなさまの
キャリアアップをサポートするアーキテクト・エージェンシーが運営しています。

  • アーキテクトエージェンシー

ページトップへ