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人間が持って生まれた五感が伸び伸び働く建築、心身にフィットするような建築。それが増えていけば、この国はもっと豊かになると思う

人間が持って生まれた五感が伸び伸び働く建築、心身にフィットするような建築。それが増えていけば、この国はもっと豊かになると思う

富田玲子

 有志らと共に「象設計集団」を設立したのは32歳の時。以来、富田玲子は45年以上にわたって「気持ちのいい暮らしの場」づくりに専心してきた。住宅「ドーモ・アラベスカ」やコミュニティセンター「進修館」、「名護市庁舎」「笠原小学校」など、手がけてきたジャンルは様々だが、共通しているのは、それら建築物がごく自然に、土地や人々の暮らしに溶け込んでいること。だからこそ、愛着をまとって長く息づいている作品が多い。女性建築家として先駆的な存在であっても、当の富田には気負いなどなく、その実はいたって自然体。仲間との協働を大切にし、自分たちが信じる〝豊かな建築〞に真っ直ぐ向き合ってきた。変わらぬその姿勢が、人々を惹きつける作品群を生み出しているのである。

協働設計のスタイルを原点に、数々の名建築を生み出す

プレファブだけに「夏は猛烈に暑く、冬はとびきり寒い」。なかなか劣悪な環境だが、そういうありのままの生活スタイルは、富田の感覚にフィットした。のちに誕生する象設計集団の事務所も、基本はこの〝自然な感じ〞が踏襲されている。そして何より、U研究室で富田が体得したのは、異なる感性や頭脳を生かす協働設計の楽しさ、豊かさだ。原点はここにある。

住宅に始まり、いろんなプロジェクトにかかわりましたが、一つ思い出深いのは八王子の大学セミナーハウスです。宿泊施設付きのセミナー施設で、私は、サービスセンターの浴室タイルのデザインを2カ月間描き続けました。実物を触りながら、手描きで毎日毎日。今にすれば、大らかでいい時代ですよ。タイル一つにしても、皆が納得するまで議論し、作業を重ねていくのがU研のスタイルで、まさに協働作業。今般は、効率が悪いという話になるんでしょうけど、私は、それが建築だと学んできたし、ずっと大切にしてきました。

U研の特徴は、どんな些細なプロジェクトにかかわっても「私がやった」と思えることです。対して丹下先生のところでは、議論も大いにしながらみんな自由にやれるのですが、出来上がるものは「先生の作品」。これが大きな違いです。丹下先生と吉阪先生、偉大なお二人から学んだことは多々ありますが、設計の方法としては、U研が性に合っていたように思います。

8年ほどお世話になって、このU研で一緒だった樋口裕康さん、大竹康市さんと象設計集団を設立するわけですが、共通の経験は大きなプラスになりました。協働で設計することの面白さをさらに追求することができたから。設立後すぐに有村桂子さん、重村力さんが加わりました。

71年に設立された象設計集団は、吉阪氏の紹介による沖縄のプロジェクトを皮切りに、一つ一つ丁寧に仕事を重ねていく。80年代に入ってからは、大がかりな公共施設も手がけるようになり、代表作としてはやはり「名護市庁舎」や、メディアにも多く取り上げられた埼玉県宮代町の〝裸足の学校〞「笠原小学校」、そして歩車共存道路「用賀プロムナード」などが挙げられる。

「その土地らしさを表現する」。私たちが大切にしている原則の一つです。なので極力、現地調査には時間をかけるようにしていて、名護市庁舎の時も、旧市庁舎を見に行くのはもちろん、地域特有の表情や人々の暮らしを感じ取るために歩き回りました。旧市庁舎は素朴な建物でしたけど、樹木と草花によって暑さを和らげる工夫が凝らされていて、とても美しく素敵だった。そういう雰囲気は大きな建物になっても残したい、建築と自然環境の調和を図りたいと考えたことも、あのデザインにつながっています。

そこに住んでいる人たちは、地域に昔から根ざすものの良さに気づいていないことが多いように思います。〝よそ者〞の私たちが発見し、建物に取り入れることによって、その素晴らしさに改めて気づき、愛着を持って使ってもらえたら……こんなにうれしいことはありません。

宮代町とも長いお付き合いで、今でも毎年足を運んでいるのが町民文化センターの進修館と笠原小学校です。いずれも「ここにしかない建築を」という町の人々の要望の下に始まったプロジェクトで、この時も世界の歴史的な資料を当たったり、現地調査を重ねたりしながら、「集会所って何だろう」「学校って何だろう」から始めました。地域の人々のアイデアも取り入れながら、時間をかけて取り組んだ作品です。進修館についていえば、20年経ってから〝化粧直し〞をしまして、さらに地域に愛される建物になっているようです。そういう長い歳月の息づき、変遷を見ていられるのは幸せなことですね。

私たちは、プロジェクトごとにゼロからつくっていくので、作品それぞれに違う思い入れはありますが、共通しているのは、クライアントが皆「気持ちいい人々だった」こと。単にやさしいということではなく、むしろいい意味での厳しさです。例えば、石川県の九谷焼美術館をやった時などは、「この美術書を読んでくれ」「この展覧会には行ってくれ」など、うんと勉強させられました(笑)。あるいは「これをあなたの最後の仕事にしてほしい」と言われたことも。すべての力を使い切ってほしいという意味でね。期待が大きいのはプレッシャーがかかりますが、気持ちのいいことでもあります。だからこそ頑張れるし、象設計集団らしい建築ができてきたのだと思います。

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「心地いい」ものづくり。時代や場所を超えて、生き続ける〝象の流儀〞

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PROFILE

富田玲子

富田玲子

Profile
1938年9月24日 東京都新宿区生まれ
1961年3月 東京大学工学部建築学科卒業
1963年3月 東京大学大学院工学部建築学科修士課程修了

建築設計事務所U研究室(吉阪隆正氏が主宰)に所属
1971年6月 象設計集団の設立に参加
現在は象設計集団東京事務所に所属
家族構成=夫、息子1人とその家族、娘1人とその家族は別に住む
教職
東京電機大学、東京大学、早稲田大学、
マサチューセッツ工科大学、ペンシルベニア大学、
などで客員講師を務めた

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