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産官学をブリッジし、構造問題の“解”を導く――。各人が広い視野を持ち、新領域に切り込み続ける

産官学をブリッジし、構造問題の“解”を導く――。各人が広い視野を持ち、新領域に切り込み続ける

株式会社 構造計画研究所

独自の〝技〞で建築業界をリードする会社、組織を紹介する本企画の1回目にご登場願うのは、構造設計分野で我が国トップクラスの実績と55年の歴史を誇る構造計画研究所である。構造設計部の責任者である川端淳氏、他社が二の足を踏むユニークな建造物も手がける関根渉氏、そして営業部門のリーダー中村仁氏に、〝仕事の極意〞を語ってもらった。

構造解析技術により様々な環境に対応した設計を実現

1956年、東京工業大学建築学科の研究生であった工学博士の服部正氏が建物の構造設計を行うために創設した設計事務所が、同社のルーツである。59年に株式会社となり、構造設計のリーディングカンパニーとしての地歩を築いた「建設・防災分野」に加え、各種ソフトウエア開発などを行う「情報・通信分野」、ものづくりのプロセスを情報技術の活用で支援する「製造分野」、シミュレーションにより人・社会を科学する「意思決定・合意形成支援分野」に事業の幅を広げてきた。

構造設計部は、東京本社と大阪支社、九州支所を合わせて約50名の陣容で、設計にかかわる建造物は、年間250件ほどに上る。「超高層から小規模の建物、あるいは風力発電の支持物のような工作物的なものまで設計します。また新築はもちろん、最近は既存の建物の耐震診断や補強、改修などの案件も増えています」という。主力の構造設計で注目すべきことの一つは、設立間もない61年に、まだ当時では珍しかったデジタルコンピュータを日本で初めて構造設計業務に導入したことだ。

「当社は、まだ超高層建築が具体化する以前のかなり早い段階から、今の業務に近い流れで仕事をしてきたんです」と川端氏は話す。その〝今の業務〞とは、設計した建築物に対し、コンピュータを用いて構造解析や地震などの応答解析を行うことを意味する。「当社には解析事業だけでも4つの部門があり、地震・土木・自然環境など、建築物を取り巻く環境に対する専門家がいます。日本では建築基準法にそぐわない建物を建てることはできません。逆にいえば、法に則ってつくれば一定の耐震性能を備えた建物は設計できるといえます。ただし地震の揺れには地域特性があったり、建造物によって法律が想定していない特殊な状況が生まれたりします。当社の場合、長く続く構造設計・計算技術があり、また、我々設計部隊のすぐ近くに今述べたような特殊な解析を行っている所員たちがいますから、そうした個別の事情や前例を当てはめにくい案件にも対応することができます」

半世紀以上の歴史のなかで、「大学教授をはじめ、構造設計分野のエキスパートと技術的なやり取りを続けてきたことも、当社の大きな強みになっています。新しい技術について情報交換する、ということだけでなく、新技術を世に出したい場合の対応の仕方、フォローを頼める人的ネットワーク……こうしたものはあまり表には出ないのですが、過去から受け継がれた、得がたい蓄積です」と川端氏は言う。

〝常道〞からそれたアイデアにも挑戦できる社風

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PROFILE

川端 淳

1996年、大阪工業大学工学部建築学科卒業後、株式会社構造計画研究所に入社。

構造設計部に配属され、その後も一貫して同部の業務に従事する。

大阪と九州の事業部部長を経て、2012年、同部部長に就任。

構造設計一級建築士。

関根 渉

1991年、日本大学理工学部建築学科卒業後、株式会社構造計画研究所に入社。

構造解析ソフト販売、既存建物診断、地盤解析、新築構造・免震構造設計など、

入社以来、幅広い領域の業務に従事し、構造設計部へ。
構造設計一級建築士。

中村 仁

2000年、名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、株式会社構造計画研究所に入社。

構造設計部に配属され、7年間同部の業務に従事。

その後、事業企画部、新領域営業部を経て、2011年、建築構造営業部部長に就任。

株式会社構造計画研究所

設立/1959年5月
代表者/服部正太
資本金/10億1000万円
所在地/東京都中野区本町
4-38-13 日本ホルスタイン会館内

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