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【第11回】災害が頻発する現代の日本で 建築計画学が貢献できること

【第11回】災害が頻発する現代の日本で 建築計画学が貢献できること

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 教授 大月敏雄

 前回、建築計画学という学問が、70年前の戦災で焼け野原になった国土の復興を目的に、戦後の日本で発展したものである、と述べた。時代は移り、同じ発想で建物を量産する必要はなくなった。ニーズにそぐわなくなった、といったほうがいい。だが、「必要不可欠な施設を、大量かつ速やかに建設する」という使命は、我々の前から決して消えてなくなったわけではなかった。そのことを再認識させられたのが、あの3・11の大震災である。

 三陸を中心とした津波被害は、空襲で焼き尽くされた戦後すぐの日本と同じ状況を、東北に再現した。住宅をはじめとする様々な建物の“再建”が、焦眉の急となったのである。しかし、復興は遅々として進まない。

 誤解を恐れずにいえば、それも当然だ。例えば住宅に関しては、20年近く前から「公営住宅不要論」がいわれ、特に三陸のような過疎地には、“その道のプロ”がいなくなっていた。いきなり数十万人分の住宅を建てろといわれても、無理な相談なのである。
 これは由々しき問題だと思う。3・11クラスの大震災は、いつかまた起こるかもしれない。そこまでいかなくても、地震や風水害による“壊滅的な被害”は、毎年のように発生している。それが日本という国なのだ。そういう事態に直面して、速く手際よく住宅などを建設するためには、やはり一定の“基準”があるべきだと思う。

 ただし、昭和と同じつくり方をしていたのでは、能がない。私は、1995年に起こった阪神淡路大震災の時、現地に支援活動に入った経験がある。そこでは、仮設住宅で200人以上が孤独死するような現実にも直面した。3・11に際して、自分の立場で何か貢献できることがないだろうか頭をめぐらした時、真っ先に考えたのは、「あの轍を踏んではいけない」ということだった。

 当時と今とでは、大きな時代の変化もある。高齢化の急速な進展である。“弱い”人間ばかりを、従来タイプの仮設住宅に押し込めるようなことをすれば、孤独死は確実に増える。仮設にしろ本来の住宅にしろ、そうした時代背景を踏まえた家屋の並びや間取りなどが、提案されなければならない。

 そんな問題意識をかたちにしたのが、東大の都市工学の先生らと開発した「コミュニティケア型仮設住宅」だ。玄関を向かい合わせにして、その間の空間にデッキなどを設け、「第2のリビングルーム」のように仕立てた住宅は、岩手県の遠野市と釜石市で実際に採用され、2012年度の「グッドデザイン・ベスト100」を受賞した。

 また東大では、建築、都市工学、社会基盤(土木)という3分野が横連携した「復興デザイン研究体」という組織を立ち上げて、大学院生たちが2014年に発生した広島市の土砂災害の復興プログラムに参画する、といった取り組みも行っている。

 繰り返しになるが、これからも大災害は起きる。中心になって現場で対応するのは、地域の自治体職員だが、彼らはかなりの確率で“人生初”の事態に立ち向かうことになる。建物の復興に関する数々の知見、経験を生かして、そうした人たちに「こういう災害ならば、まずここを押さえるべき」といったスタンダードを提示するのも、建築計画学の使命だろうと思っている。

PROFILE

大月 敏雄

大月 敏雄
Toshio Otsuki

1991年、東京大学工学部建築学科卒業。
96年 東京大学大学院博士課程単位取得退学。
同年、横浜国立大学工学部建築学科助手。
99年、東京理科大学工学部建築学科専任講師。
2008年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。
14年より現職。『集合住宅の時間』(王国社)など、共著・単著多数。

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