アーキテクト・エージェンシーがお送りする建築最先端マガジン

Architect's magazine

MAGAZINE TOP > Architect's Opinion > 東京都市大学 工学部建築学科 教授 小見康夫

【第19回】“ストック時代”の到来に合わせて、 早急に建築教育のあり方を見直すべき

【第19回】“ストック時代”の到来に合わせて、 早急に建築教育のあり方を見直すべき

東京都市大学 工学部建築学科 教授 小見康夫

私の専門である「構法」を辞書で引くと、「建築の全体あるいは部分の、性能の検討をふまえた材料や部品の構成方法」(大辞林第三版)とある。工事や施工方法を示す「工法」とは違い、その概念は幅広い。建築構造や環境工学などに見られるような明確な領域があるわけではなく、意匠、構造、環境、生産といったあらゆるものと接点を持ち、それらを摺り合わせながら、提起された問題の解決を図る学問分野といったらいいだろうか。

 この分野のパイオニアで、「構法」という言葉自体を広めたのは、内田祥哉先生(東大名誉教授)である。当初、先生の問題意識は、すさまじいスピードで進む我が国の工業化への対応にあった。高度経済成長の中、“足りない”建物を安く大量に供給するというニーズに応え、工業化住宅の普及、超高層ビルの建設、建材・部品の標準化などに、その研究成果は生かされた。例えば高層建築に欠かせないカーテンウォールをどう設計、生産していくかといった課題に、構法の発想で複数の専門分野の境界領域をつなぎ、実現していったのである。

 しかし、大量生産の時代はとうの昔に終わっている。構法の技術開発を担うのは、今や大手ゼネコンやメーカーであり、“学問”に対する社会の要請もまた変化した。内田先生ご自身は、その主な関心を我が国の伝統木造技術へとシフトされ、数々の成果を挙げられている。

 その木造建築にも通じるのだが、今日社会から要請されるようになったのは、“建築ストックの活用”に向けた研究である。ひと言でいえば、「新しい建物を、いかに安く早く大量につくるか」から、「今ある建物を、いかに上手に生かして使っていくのか」への転換で、私の研究室の主要なテーマにもなっている。

 住宅もオフィスも学校も、“足りている”どころか、“余って”いる。その象徴が空き家で、現在、国内で820万戸ともいわれるその数は、今後さらに急カーブを描いて増加の一途を辿るとされる。付言すれば、1970~80年代に地方を中心に盛んにつくられた箱モノの公共建築なども、築30~40年たって老朽化が目立つ。そうした問題は今後一層深刻になるばかりで、もはや座して見ている状況ではなく、社会全体で取り組んでいく必要がある。

 いうまでもないことだが、“空き家”や“箱モノ”の有効活用といっても、ただリノベーションすればいいというほど単純な話ではない。建物の状況や地域特性、住民のニーズなどによって、百あれば百違ったものが構想され、実現されなければならない。それらを踏まえたうえで、安全、快適、有用でその後も十分に持続可能な建物に再生するためには、いろいろな建築の専門分野はもちろん、建築以外の分野まで含めた知見を総動員する必要があり、そのような横断的な知識と行動力をもった人材育成が急務だろう。そこに構法が貢献できることは、数多くあるはずだ。

 ただし、壁もある。大学の縦割りの専門分野構成は、高度成長時代からほとんど変わっていない。我々教員は自分が育ってきた専門分野で採用され、それがカリキュラムに反映されるからである。この状況では、横断的な連携に基づく教育は難しい。“ストック時代”の到来に合わせ、建築教育のあり方も見直すべき時に来ているのではないかと、私は感じている。

PROFILE

小見康夫
Yasuo Omi

1985年、東京大学工学部建築学科卒業。
積水ハウス株式会社勤務後の95年、東京大学大学院博士課程修了、
博士(工学)。設計事務所、A/Eワークス協同組合設立などを経て、
2005年、武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科講師、
08年、准教授、13年より現職。専門は建築構法・建築生産。
近著に、『3D図解による建築構法』(市ケ谷出版社:共著)がある。

アーキテクツマガジンは、建築設計業界で働くみなさまの
キャリアアップをサポートするアーキテクト・エージェンシーが運営しています。

  • アーキテクトエージェンシー

ページトップへ