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【第20回】つくりたいものをつくりたいなら、 地方で密度の濃い仕事を

【第20回】つくりたいものをつくりたいなら、 地方で密度の濃い仕事を

東京都市大学 工学部建築学科 教授 小見康夫

ハリウッド映画の大作では、制作費に数百億円が投じられる。映画会社1社でそれを負担するのは困難なため、ファンドが組まれたり、製作委員会を組織して複数の会社で出資したり、という話になる。巨額の資金を多くから集める以上、間違っても作品をコケさせるわけにはいかず、収益を確保することが至上命令となる。映画会社が監督に好きにメガホンを握らせ、思いどおりの作品をつくらせる、という牧歌的な世界はすでにない。人気の原作が存在するもの、ヒット作の続編といった手堅い作品ばかりが並ぶのにはそうした背景がある。

これは今の“東京の建築”によく符合する。焼野原からの復興期もその後の経済成長の時代も、建物は、そこに住み、企業活動を行い、文化的な営みを提供するというニーズを満たすためにつくられてきた。しかし、それらが充足された今、建物は“より収益を生むため”に建て替えられるようになった。オリンピックを前に、東京のあちらこちらで大規模な建て替え・再開発工事が進行中だが、地価の高い東京で建物を建てるのは、ハリウッド映画のような投資事業にほかならない。これは世界の大都市に共通する風潮であり、それらを動かしているのはグローバルとつながったファイナンスである。

その結果、建築家はファイナンスの意向、目的に沿ったものづくりに勤しむことになる。プロジェクトが巨大になればなるほど、失敗は許されない。組織事務所や大手ゼネコンの設計部、高名な建築家など、実績やブランド力のあるところしか仕事を任せてもらえなくなる。個人住宅のようなものを除けば、若手の建築家が好きに腕をふるわせてもらえることなど、夢のまた夢であろう。

ハリウッドに話を戻すと、映画づくりのチャンスを失った若手の映像作家たちの多くは今、YouTubeに活動拠点を求めている。そこで手づくりの作品を発信し、実績をつくり、“メジャー”への昇格を虎視眈々と狙うのだ。日本の若手建築家にも、それと似たような動きが出始めている。彼らにとってのYouTubeは、「地方再生」である。資金を持たずファイナンスとも無縁な彼らのリソースは、タダ同然の空き家と自分自身だ。独自のアイデアで建物を再生し、SNSで仲間とつながり、それをベースにまち興しの活動に積極的にかかわっていく――そんな人たちが確実に増えている。

もちろん、地方で頑張ればみんなが成功できるというわけではない。相応の報酬を得て仕事を続けていくためには、やはり資金も必要だ。経済の衰退が著しい地方ではその余力がほとんどなく、ロードサイドショップに代表されるように、都会からの資本でつくられる建物が地域性を破壊している現実がある。人口が減り続ければ、再生した建物も、そう遠くない未来には廃墟となる運命が待っている。

だが、若い建築家が自分のつくりたいものをつくるとしたら、地方で密度の濃い仕事をするというのが重要な選択肢の一つであることは間違いない。その成果の積み重ねが、“日本中どこに行っても同じ風景”という寒々しい状況に、風穴を開けるムーブメントになる。困難を乗り越えて建築家の“新しい生き方”が定着し、長く続いていくことを、私は期待している。

PROFILE

小見康夫
Yasuo Omi

1985年、東京大学工学部建築学科卒業。
積水ハウス株式会社勤務後の95年、東京大学大学院博士課程修了、
博士(工学)。設計事務所、A/Eワークス協同組合設立などを経て、
2005年、武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科講師、
08年、准教授、13年より現職。専門は建築構法・建築生産。
近著に、『3D図解による建築構法』(市ケ谷出版社:共著)がある。

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