人の心理・行動と明かりの関係を探究。地域・空間が有する情景を守りながら、フィールドワークで最適手法を導き出す
東京都市大学 工学部 建築学科 小林研究室
明かりが与える影響を探究する
周辺環境や明かりが人の心理や行動に与える影響を研究している東京都市大学の小林茂雄教授。東京工業大学の学部生時代、卒業設計が最優秀作品に選ばれ、大学院に進む際に教授陣には意匠系への進路を勧められたが、明かりの設計を含めた環境心理学の研究に舵を切る。
「耐用年数の長い建築は堅実で平均的なデザインとせざるを得ません。それに比べて明かりは状況に応じた自由なデザインができることが魅力でした」
明かりにより空間は劇的に変わり、さらには人の心理にも密接に関係する。特に飲食空間では多様な照明が使われており、その場に合った対人関係をつくり出していると推測。従来の環境心理学の研究ではアンケート評価を用いることが多かったが、小林教授は人の行動などの観察調査を行った。その結果、照明の照度や色合いにより、声の大きさや会話のテンポ、視線の合わせ方が変化することを見いだす。人間は明かりの影響を受けて無意識のうちに動作や行動を変えているのだ。その後、小林教授の興味対象は屋内空間から屋外へと向き始める。
これまでの日本の屋外照明は、基本的に街路灯や投光器で明るく照らそうとするものだった。しかし、明るすぎる照明は、その奥に佇むほのかな生活の光を消し、逆に深い闇を生むのだと小林教授は語る。
「住宅地では各家々に灯る玄関や窓からの明かりが見える程度の明るさが適しています。窓明かりは人の生活を想像させ、それにより安全性も高まる。人の存在や暮らしを感じる居心地の良い夜の景観は、派手なライトアップではなく、既存の光に少しだけ手を加えることで生み出すことができるのです」
これらの照明による景観形成の考えは、東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼市の避難誘導照明に結びつく。万が一、夜間に災害が起きた場合、避難誘導のための照明が重要となる。しかし、単に避難所の入り口にサインを設置し、避難経路を明るく照らすだけでは、地域性が損なわれ、画一的なものになってしまうだろう。
「避難経路を把握するには山と海の大まかな方向性がわかることが最も大切です。地形を可視化させる明かりを設置することで、非常時にどちらに逃げればいいか直感的に判断できます。場所ごとに同じような手法で景観と避難誘導を組み合わせた照明計画をすれば、異なる夜の風景を浮かび上がらせ、地域性の保全にもつながります」
照明の常設は行政など様々な機関が絡むためハードルは高いが、南海トラフ地震による津波被災が懸念される伊豆半島の熱川温泉では、既存の温泉やぐらを利用した避難照明を常設し、防災面と併せて観光地としての魅力向上にも貢献している。
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- 小林茂雄
こばやし・しげお
1991年、東京工業大学工学部建築学科卒業。
93年、助手に着任。
98年、博士(工学)取得。
2000年より武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科講師。
03年、准教授。
04年にネヴァダ州立大学ラスヴェガス校客員研究員を務める。
11年より現職。日本建築学会賞(論文)など受賞多数。