NTTファシリティーズ

BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)――基本的には、設計から施工に至るプロセスでの活用が中心であり、竣工後の維持管理まで含めてBIMを活用する手法が実施されたケースは少なかった。その状況を覆したのが、NTTファシリティーズである。同社が2014年に完成させた自社R&D施設「新大橋ビル」は、設計から施工、竣工後の維持管理までを一気通貫で結ぶ、BIMとファシリティマネジメント(FM)の連携を目指した国内最初期のプロジェクトとして注目を集めた。そんな同社のBIM推進の取り組みはどのように進化しているのか? 

BIMの〝M〞はモデリングではなく、マネジメント

設計や施工現場でのBIM活用が徐々に増えつつある。組織設計事務所・エンジニアリング企業大手NTTファシリティーズが建築設計でのBIM推進を、全組織を挙げた本格的強化に切り替えたのは2年ほど前からだ。

「そう聞くと〝遅い〞というイメージを持たれるかもしれませんが、当社には様々な部門が存在します。BIMの概念が業界に登場し始めた08年頃から、建築設計部門を中心に、各部門がいち早くBIMを業務に導入していました。その流れを組織全体に取り込み、BIM活用の全社的推進の強化を目的とした〝BIM活用ワーキングチーム〞を発足させたのが15年なのです」と、総合エンジニアリング部建築設計部門長の野田一路氏は説明する。

同社は、いい意味で〝雑多〞な組織だ。建築設計事業からエンジニアリング事業、エネルギー事業、約1万棟に及ぶNTTグループ通信建物の維持管理事業など、性格の異なる事業部門を内包する。「そのため、足並みを揃えることは簡単ではありませんでした」と、建築技術部の松岡辰郎氏は述懐する。

15年に動き出したBIM活用ワーキングチームのミッションは、BIMを同社のあらゆる業務の共通プラットフォームとして整備すること。その実現のためには、設計を手がける(手がけた)全施設の建築・設備情報をBIMに置き換えていかなければならない。

「例えば、NTTグループ通信建物約1万棟については、そのすべてについて建物現況図面のCAD化と属性情報のデータベース化、すなわち情報化を実現しています。もっとも、当社が管理しているのは建物だけでなく、空調設備や電力設備、通信設備なども含まれる。それらをすべて情報化したうえでBIMに置き換えるとなると、全部門の足並みを揃え、雰囲気の醸成も含めたBIMの始動までに準備の時間が必要でした」(松岡氏)。

BIMの強化に取り組む同社の狙いは、BIMを建物が有する様々な情報を設計後の管理につなげる「建物ライフサイクルマネジメント」へ活用することだ。

例えば、設計時の詳細なデータがあれば、使用部材や設備の詳細も把握でき、メンテナンスに活用できるだけでなく、定期点検や計画修繕の実施がスムーズになる。また、使用機器の故障や変更が生じたとしても、図面に加えてそれらの詳細なデジタル情報が記録されていれば、改修などが発生した時にわざわざ現場に赴いて調べ直す必要もなくなる。

「従来、設備や機器の数量などのFM情報は、竣工図から再収集し直したうえで、現場に赴いて不備がないか確認する作業を行っていました。竣工図のデータからFMデータを入れ直し、竣工図面から現況図面を作成し直すという手間をかけていたわけです」(松岡氏)

もっとも、最初からそれを踏まえたBIMモデルをつくり、そのとおりに建物をつくれば、FMに必要な全データも含まれる。結果、竣工後にあらためて情報収集せずとも、そのままFMにも使えることになる。それこそが同社が標榜する〝建物ライフサイクルマネジメント〞のためのBIMである。

「設計段階から設計者が維持管理を意識することで、設計・施工の品質が向上することはもちろん、メンテナンスも早い段階から検討できるため、竣工後の運用が確実にスムーズになります。また、多くの面でメリットを生むこの手法が建物のライフサイクルコストの低減をもたらし長寿命化にも貢献するでしょう。その観点から、当社ではBIMの〝M〞を〝モデリング〞という用語本来の意味ではなく、〝マネジメント〞と捉えています」(野田氏)

働き手が減るなかで、クオリティを下げずに効率化を追求する

前述したように、同社が14年に竣工した「新大橋ビル」では、BIMと建物の効率的な運用管理手法であるFMを紐づけて連携させている。BIMデータにビルの維持管理や運営に必要な情報を加えることにより、建物のライフサイクルコストが建物モデルによって〝可視化〞され、建物竣工前に効率的なビルの維持管理や運営を考慮した設計の検討が可能となる。建物の改修や設備の故障対応といった、将来的に発生するコストを早期の段階からシミュレーションできるというわけだ。BIMのメリットを最大限に生かし、建物のライフサイクルコスト削減を目指したプロジェクトであった。

同社では、この取り組みを他の施設に展開・導入するトライアルを進めており、より精度の高い情報の収集方法や最適化の手法を検討・実施しているところだ。設計監理の立場から、その陣頭指揮を執っているのが、NTTエンジニアリング部建築部門長の古畑順也氏である。

「20年近く前に設計図面がCAD化されましたが、同じように設計監理のツールをBIM化するだけであればそれほど難しくはありません。しかし、我々はBIMデータを全工程のサイクルで利用していくことを企図しています。設計BIMデータを、FM業務などにいかに効果的に提供できるか、一方で、FMなどの工程からどのようなデータを受け取れば設計監理の業務を効率化できるかといった、最適な連携のあり方を含めた検討を進めています。つまり、ライフサイクルマネジメント全般にわたった業務の効率化と品質の向上という2つの側面から、BIM化の最適ルールを模索しているのです」

現在は、あくまでもトライアルの段階。試行錯誤を重ねている状態のため、まだ期待どおりの効果は実現できていないというものの、「レールがいったん敷かれてその上を走り始めれば、現在より速いスピードですべてが決まっていくようになると信じています」と古畑氏は語る。

17年度から同社では、NTTグループ通信建物約1万棟の中からピックアップした約100棟の建物のライフサイクルBIM化を進めており、年度内に約100棟のデータBIM化を終える予定だという。そのほとんどは既存の建物であり、当初は「BIMは新築物件だけを対象にしたものではないのか、という声が社内からも挙がっていた」(野田氏)というが、既存のビル群をBIM化することによって、業務の効率化だけでなく、保有するストックの価値を高めることにつながる可能性もある。NTT以外の多施設保有企業からも、注目されるプロジェクトといえるだろう。

また、建設業界に限らず、少子高齢化が進展する日本ではあらゆる産業において人材確保が難しくなっている。ライフサイクルBIMの実現によって各業務プロセスの圧縮が可能になれば、人材不足解消にも寄与できる。課題は、BIM人材の確保だ。建築技術部の窪田将希氏は次のように語る。

「当社の場合、単なるBIMの知識だけではなく、そこにFMを組み合わせた〝BIM│FM〞連携の知見を持った人材を必要としています。現在の労働市場にそのような人材はほぼいないため、社内で育成するしかない。効率的な人材教育研修制度の開発も、私たちBIM活用ワーキングチームのミッションです」

文房具のように誰でも使えるツールにしたい

同社が推進しているライフサイクルBIMは、〝情報化〞〝効率化〞などといった手垢にまみれたキャッチフレーズで語られるべき類のものではないと思う。リーダーである野田氏をはじめ、BIM活用ワーキングチームに集う一人ひとりのメンバーは、「よりよい建物をつくりたい」という建築に携わる人間が有する〝本能〞を抱えながら、このプロジェクトの成功を本気で目指している。

「そもそも、私たちは〝設計屋〞なのです。身体に、『いい建物を設計したい』という本能が染みついています。優れた意匠や構造だけが、いい建物の条件ではありません。そういった意味で、我々は企画から設計、施工、FMまで、ライフサイクルすべてにおいて、『素晴らしい』といわれる建物を設計したい。その実現のためにも、あたかも鉛筆や消しゴムのように、誰もが簡単にBIMを利用できる環境と体制を、できるだけ早く自社内に整えたいですね」(野田氏)

PROFILE

株式会社NTTファシリティーズ

設立/1992年12月1日
代表者/代表取締役社長 一法師 淳
所在地/東京都港区芝浦3-4-1
グランパークタワー

http://www.ntt-f.co.jp/

野田一路
1988年、九州大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、
NTTファシリティーズに入社。
現在、総合エンジニアリング部建築設計部門長。

古畑順也
1997年、東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修了後、
NTTファシリティーズに入社。
現在、NTTエンジニアリング部建築部門長。

松岡辰郎
1989年、日本大学大学院理工学研究科建築学専攻修了後、
NTTファシリティーズに入社。
現在、建築技術部建築技術担当 担当課長。

窪田将希
2005年、東海大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、
NTTファシリティーズに入社。
現在、建築技術部建築技術担当。