BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)による業務フローの変革が、
世界の建設業界に浸透しつつある。
この新たな3次元モデルを駆使すれば、設計と施工、ファシリティマネジメントの
情報交換が今以上にスムーズに行え、工期の大幅な短縮も可能となる。
ただし、我が国の現状は まだ〝過渡期〞といわざるを得ない。
クリーク・アンド・リバー社(C&R社)建築事業部が展開するBIM事業は、
業界のインフラ発展にどう寄与していくのか。
その〝解〞を、組織設計事務所と建設会社で活躍するBIMの先駆者とともに探った。
BIMの進展は止められない

August, 2017

島谷 ご存知のとおり、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)とは、意匠設計、エンジニアリング、施工の専門家が、建物とインフラの計画、設計、施工、工事管理を、より効率的に行うための3Dモデルベースのプロセスを指します。

我々、C&R社建築事業部が展開するBIM事業の主なサービスは大きく3つあります。BIM人材の派遣・紹介、BIM設計支援、BIMの教育・研修です。さらに、当社内の「CGスタジオ」と有機的に連携しながら、お客さまの3Dにおける建築プレゼンテーション、ビジュアライゼーションといったサービスの提供も。そんな全方位型のサービスラインナップで、BIMに関する問題解決のお手伝いをしています。

第一の狙いは、業務効率が飛躍的に向上するであろうBIMを国内に普及させながら、建築業界で働く人材の就労環境を改善させること。女性の建築士が育児のため家庭に入った場合、クラウドによるBIMならば在宅業務が可能となる効用もあるでしょう。さらに、BIMが普及している海外市場で活躍できる人材を増やす、その役割も担っていきたいと考えています。

しかし、日本のBIMはまだまだ発展途上というのが実情です。そこで本日は、BIMを積極的に活用している組織設計事務所の日建設計とゼネコンの前田建設工業からそれぞれBIMの推進リーダーをお招きし、現状分析と普及への課題について語り合っていきたいと思います。では、日建設計の安井さん、まず御社のBIM導入の経緯を教えてください。

安井 私は日建設計に2014年に中途入社し、以来、社内でBIMを推進する業務を担っています。当社にBIMを導入したのは、常務執行役員の山梨知彦です。山梨は、00年頃から3次元CADを実験的に使い始めました。当初はCGを描いてプレゼンや打ち合わせに使っていましたが、徐々に風環境の予測シミュレーションやコンピューテーショナルデザインなどにも応用していきます。そして、そういったデジタルデータによる多様な成果を一つにまとめていくためには、BIMソフトの「ARCHICAD」が非常に便利であることに気付きました。

08年、山梨はアメリカ視察に出向き、実際にBIMを見て、「建築の業務プロセスそのものを変えるインパクトがある」と直感したそうです。そこから本格的に研究を始め、09年に、『業界が一変する BIM建設革命』を執筆します。欧米と違って設計と施工が分断している日本では、BIMはなかなか進まないだろうことを想定し、日本の建築建設業界に海外同様の〝革命〞を起こすために〝メディア〞の力を使いました。しかし、前職でもBIMマネージャーをしていた私としては「それ、本当?」ということも書いてある(笑)。入社前、山梨と面談し、BIMを普及させるための個人的なアイデアを伝えました。続けて「それを実現するためには、〝書籍との不一致〞を話すことになりますけど、いいですか?」と聞いたのです。

鈴木 山梨さんは何と?

安井 「いいよ。まったく問題ない」と。海外でできていることと、国内でできないことの違いの原因を考え、国内のBIMを推進することが重要だと。3Dセンター室で始めた議論はまさに百出し、現在では社外での会議にも広がっています。

島谷 安井さんのアイデアとは?

安井 日本でBIMがうまく進まない理由を考えた時、建築士の職能が明確化されていないことが問題だと思ったのです。建築士を〝設計技術を有する人〞と定義したとします。では、設計技術とは何を指すのか。デザインスキルなのか、ソフトウェアの操作スキルなのか、ディティールを収めるスキル、あるいは、施主などとのコミュニケーションスキルなのか。そういうことが整理されずに〝設計技術〞と一括りにしていることが障壁ではないかと。そこで、当社ではまずBIMを手がける人材の職能を明確にするところから始め、例えば自分の名刺には〝BIMマネージャー〞という肩書を入れました。そして、職能を明示することで不足点を明らかにし、全員でそれぞれ自分は何を学ぶ必要があるのかを明確にしていったのです。

島谷 お互いの職能を明確にして、足りないところは学び、補い合う。そうすれば職能が明確になると。

安井 海外の設計事務所のWebサイトでは、役員の得意分野や役割を明示しますが、日本の場合はこの人が何のプロフェッショナルなのかよくわからないケースがほとんどです。いつの間にか自分もそれに毒されていて、そんなものかな、と思っていたところがあります。

島谷 一般的に、2次元CADオペレーターとBIMオペレーターの時給はほぼ同じですが、後者はより建築技能のバックボーンが求められます。職能を明確に分けないと普及の妨げになりますね。

安井 BIMオペレーターのほうが高くてしかるべき。給料に差がつけば、学習意欲も向上すると思います

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〝設計BIM〞と〝施工BIM〞を融合

〝設計BIM〞と〝施工BIM〞を融合
島谷 では、前田建設工業ではいかがだったのでしょうか?

綱川 00年に当社のトップが、「すでに製造業が3Dでものづくりをしているのに、建設業がいまだに2次元CADに留まっているのはおかしい。3次元の設計にチャレンジせよ」という方針を示したんですよ。最初は私を含めた4人のワーキング活動としてスタートしました。

当時としては高価なハードやソフトを様々試すことができた。日本でBIMという言葉が使われ始めたのは05年頃と記憶していますが、その時にはすでに「自分たちはBIMのようなものをやってきた」と実感できるレベルになっていたと思います。意匠も構造も設備も一部屋に集まり、3次元設計に取り組んでいましたが、その後、構造と設備はそれぞれの部門に戻りました。私が在籍しているBIMマネージメントセンターは意匠が主業務です。

鈴木 BIM以前に、BIMのような概念を実行されていたと。トップの先見の明にも感謝ですね。

綱川 理想を先にブチ上げることが大切だと思います。ビジョンがないとみんなついてきませんよ。

鈴木 ゼネコン業界全体として、今、BIMはどういった状況になっているのでしょうか?

綱川 どのゼネコンも「BIMはやっている」と答えます。ただ、本来の理想的なBIMのかたちとは異なります。日本では設計事務所の〝設計BIM〞とゼネコンの〝施工BIM〞に分かれていて、2次元CADの時と同じで分断してしまったようです。その点、川上の意匠設計から3次元で最後までやる当社は、理想的なかたちに近いと自負しています。一方、BIMはファシリティデータを集めるツールとしての可能性もある。そのように、BIMと一言でいっても認識がいろいろ異なっているのです。見方によっては、裾野は広がっているといえますが。それだけに、安井さんがおっしゃる定義づけが大事だと思います。

鈴木 やはり職能の不明確な点がハードルの一つということですね。

綱川 そうですね。それと、BIMのニーズが増えてはいますが、人材が追いついていないことも大きな問題です。先ほど、BIMオペレーターは建築技能のバックボーンが必要という話がありましたが、私自身は、逆にツールから入る人がいても、それはそれでありだと思うのです。

島谷 なるほど、面白いですね。

綱川 我々が大学で教わった設計製図の知識、技術の多くが、現在の仕事の現場で通用しなくなっています。BIMの普及は、凝り固まってしまっている教育体制に風穴を開ける可能性があるのではないでしょうか。

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建築業界全体で、普及の道を探るべき

建築業界全体で、普及の道を探るべき
安井 BIMを社内に浸透させるため、メルクマールを策定しました。何をもって「昨年のBIM活用は30%だったが、今年は50%に上がった」と判断するかの基準で。3Dセンター室で作成したロードマップを社内で共有し、時間の経過とともに現状を確認し合っています。「NS(日建設計) BIM1・0」は、設計チームが平面検討以外に形態検討、環境シミュレーションなどにデジタルツールを1つ使うという簡単なBIMプロジェクト。「2・0」は、BIMと複数のデジタルツールを使った強化型、「3・0」は、情報とシミュレーションを統合した理想的なBIMで、その先にある「X」は、ファシリティマネジメントやライフサイクルデザインにBIMを応用できたフェーズです。現状、当社は「3・0」のプロジェクトが増えてきました。

鈴木 今、公共事業のコンペでも〝デザインビルド〞が増えています。BIMの普及はもう止まらないでしょうし、設計事務所とゼネコンの関係も変わっていかざるを得ないのでは?

安井 国内では、〝設計BIM〞と〝施工BIM〞が分かれるぎこちない状態が続いていますが、それをスムーズにつなぐための明確な解はまだ見つかっていません。欧米のように組織設計事務所が施工図まで手がけることも現状では難しい。設計事務所にとっては、フロントローディングとなってもフィーが増えるわけでもないし、責任が持てるわけでもないですから。であれば、BIMは、最終的に施工者や施主のためのツールなのでしょうか。BIMの普及により、日本の設計事務所は潰れるか、ゼネコンに統合されるしかないのでしょうか。私自身は、共存の道が必ず見つかると思っています。

綱川 契約の仕組みを明確化することで解決できるかもしれません。デザインビルドといっても、最初から設計事務所に入ってもらって進めるゼネコンもやはり多いですし。

安井 設計事務所の上層部は、「BIMが普及していくと、ゼネコンに仕事が取られるのでは」と思っている方も多い。そうではなく、業界が変化し、役割分担や仕事の仕方を変えていく必要があるということ。大事なのは、この変化への対応を業界全体で考えるということです。

島谷 その変化を正しい方向に導くためのお手伝いも、ぜひさせていただきたいと思います。では最後に、当社のBIM事業に期待されていることを教えてもらえますでしょうか。

安井 大学のカリキュラムが旧来と変わらず、まだBIM教育が取り込まれていない大学が多いなか、C&R社にその人材育成を手がけていただけるのはありがたいですね。それと、BIM以外にも新しいことをやりたい時に社内にそのスペシャリティを持つ人材がいないことがよくあります。そんな時にC&R社に相談すると様々なプロフェッショナルとつながる。そういう意味で、私は〝世界との接点〞だと思っています(笑)。引き続き連携できればと思っています。

綱川 まだまだBIMについては、正確で有益な情報が少ないと感じています。御社のマガジンなどを使ってどんどん正しい情報を広めていってほしい。これからもぜひ、BIMの正しい普及に協力してください。

島谷 我々はBIM事業を軸としながら、建築業界にとっての〝ハブ〞になりたいと思っています。これからもぜひご利用くださいますよう、お願いいたします。本日は本当にありがとうございました。

PROFILE

Profile
安井謙介(左)
株式会社日建設計
設計部門 3Dセンター室長代理
BIMマネージャー

2002年、東京大学大学院新領域創成科学研究科修了後、
オランダのデルフト工科大学へ留学。
03年、erick vanegeraat (オランダ)勤務。
04年の帰国後、株式会社松田平田設計入社。
総合設計室副主任を務める。
14年、株式会社日建設計入社。
一級建築士。

綱川隆司(右)
前田建設工業株式会社
建築事業本部 ソリューション推進設計部
BIMマネージメントセンター長

1993年、早稲田大学理工学部建築学科卒業後、
前田建設工業株式会社に入社。
2001年より、3次元CADによる建築設計に従事。
BIMを活用した仮想コンペ「Build Live(IAI日本主催)」に
チーム「SKUNK WORKS」として毎年参加し、
14年は最優秀賞・BuildingSmart大賞を受賞。
15年、社長賞受賞。
一級建築士。