設計事務所にとって、BIMの活用は、もはや避けて通れないテーマになっている。もともと官庁案件100%からスタートし、徐々に民間分野に裾野を広げてきた田辺設計がBIMソフト「Revit」を導入したのは、2013年と、同業の中では比較的早かった。が、当初はうまく使いこなすことができず、失敗もあったのだという。そうした状況から、本格的な利用に向けて始めた同社の取り組みとは、どんなものだったのだろうか。21年7月に社長に就任した風呂迫泰寛氏に聞いた。

地域密着で官・民を含めた様々な案件を手がける

初めに事務所の概要を説明しておきたい。現在、所員は15名、うち一級建築士7名、二級建築士1名などの有資格者を擁している。1959年創業の〝老舗〞ながら、社員の平均年齢は40代前半で、事務所の雰囲気は若々しい。神奈川県内の案件を中心とした地域密着型の設計事務所で、手がける建物には、学校などの教育施設や庁舎をはじめとする〝公〞の案件が比較的多いのも特徴だ。

「田辺設計は、もともと官庁関連の設計専門からスタートしました。民間の仕事をやるようになったのはここ20年ほどなのですが、今は年によって官が6〜7割、残りが民間という比率です」

両者には、「それぞれに難しさ、面白さがある」と風呂迫氏は言う。

「官公庁関連の建物は、不特定多数の人が利用しますから、それだけ社会的な役割、インパクトが大きい。あえて表現すれば、街をつくっていくような面白さがあります。エンドユーザーが見えないので、どうすれば満足してもらえる建物になるのかに知恵を絞る必要があるところも、難しさの半面、大きなやりがいを感じます。一方、民間の建物はユーザーと直接やり取りしながら、そのニーズを聞き、ダイレクトに提案もしながら仕事を進めていくことができます。建物が完成した後のお客さまのリアクションが見られるのも、醍醐味ですね」

事務所内では、あえて分野別に部署を設けるようなことはしておらず、「その時々のタイミングや仕事の状況に応じて、みんなが官庁もやれば民間もやる、あるいはRCもあれば鉄骨もあれば木造もある」という方式で、設計を割り振るそうだ。

「所員は結構大変だと思いますが、いろいろな案件に取り組むことによって、設計者としての経験値が蓄積され、自信につながっていくのは確かだと思います。私自身、そうやって成長してきた実感がありますから」

ところで、官公庁関連も含めて、同社の設計による建物は、それぞれのデザインがバラエティに富む印象がある。

「見方を変えると、歴史はあるのに、〝田辺設計らしさ〞というものに乏しい(笑)。もしかしたら、それは当社のウイークポイントなのかもしれませんが、私自身は、設計者の裁量をできるだけ尊重したいと思っているんですよ。もちろん、最低限押さえなくてはならない部分はあるものの、あくまでも担当者ごとの多様性というか、デザインのアプローチの仕方があっていい。それが設計者のやりがいにつながり、結果的にユーザーに喜んでもらえる建物になれば、それがベストだと考えています」

BIMを導入するも活用できず。C&R社に研修を依頼

そんな同社がBIMを導入したのは、今から10年前。「BIMという言葉が出てきて、みんな興味を持ち始めていたものの、実際に入れている事務所は、まだほとんどない頃」だった。ただし、「なかなか使ってみようというタイミングもなく、パソコンのスペックも追いついていないところがあって、5〜6年は、ソフトは入れたものの使われない状態だった」という。〝宝の持ち腐れ〞になっていたのは、事務所内のBIMのスキルがそれを使いこなせるレベルに達していなかったことも大きい。

「実は、一度だけチャレンジしたことがあったのです。ところが、BIMで自動作成すると、それで2次元の図面が吐き出せるものだという思い込みでやっていたら、全然予想と違うものが出てきた。せっかくモデリングしたのですが、結局、全部2次元で書き直す羽目になりました。BIMの概念などを学ばないまま、とりあえず操作してみようというのが通用するほど、甘くはなかったわけです」

そんな失敗も経た同社は、19年に、本格的な活用に向けて舵を切る。「業界全体が2次元から3次元にシフトしていく、という流れがいよいよ鮮明になり、パソコンもBIMに十分対応するスペックになってきた」からだ。ただし、以前の失敗の轍を踏むわけにはいかない。

「所員からも『基礎から勉強しないと、動かせません』という声が出て、いろいろ検討した結果、みんなでBIMを一から学ぶことにしました。操作方法もさることながら、どのように使えばより有意義に活用できるのか、というところまで習得する必要があると考えたのです」

そうした経緯でサポートを依頼したのが、クリーク・アンド・リバー社(C&R社)建築グループだった。同社を選択した決め手は、どこにあったのだろうか。

「ハンズオンセミナーを見に行ったのがきっかけです。講習もやっています、という話でしたので、その具体的な内容を聞きながら、他社と比較して決めました。他社さんの講習は、『これをつくります』というような、内容ががっちり固まっているもので、それだと実際の現場で応用が利かない感じがしたんですよ。それに対して、C&R社さんのプログラムはわりと柔軟に、当社のオーダーに応えてくれるものだったので、お願いすることにしました」

19年以降、毎年5名ずつほどのメンバーが、初級と中級に分かれて講習を受けている。会場に足を運ぶだけでなく、講師として来社してもらい、一日みっちり実践的な講義をしてもらうこともある。

「『ここを教えてほしい』『これをやりたい』という具体的な質問などを用意して、ただ話を聞くだけではなくて、主体的に参加するかたちにできたのは、非常によかったと感じています。講義の中で出てきた疑問にも、経験豊かな講師の方にすぐに解答いただけるので、とても助かりました」

さらに、C&R社のサポートは、単に〝教える〞だけにとどまらなかった。

「設計を進めるうえでの実践的なアドバイスもいただいています。おかげさまで所員がレベルアップしているのは間違いありませんが、やはり弊社単体でBIMを運用していくのには、正直まだスキル不足のところがあります。ですから、案件によってはプロジェクトに加わっていただいて、協力を仰いでもいます。横でプロの方のやることを見ていると、自分たちの足りないところも見えてきて、そこでもまた勉強になるわけです」

BIMの基盤を固め次のステップを目指していきたい

BIMの有効な操作がほとんどできない状態からスタートして、現在は「実務上、3〜4人の設計士が使える」ところまできた。ただし、今の話にもあるように、課題も少なくない。

「例えば、十分3次元ソフトを理解ができていない人が一部分を手直しすると、それが全部の図面に反映されてしまい、余計な手間が増えたりするのです。そういうところは2次元にはない〝怖さ〞で、まだまだ勉強の余地あり、ですね」

実際の仕事のうえでも、「プロジェクトによっては、2次元で設計したほうが早いケースも多くある」ため、一気にBIMにシフトする状況にはないものの、当然のことながら、その比率の拡大を視野に入れている。

「これからは、BIMで設計するのは当たり前で、それによって新たに何を生み出すのかが求められる時代になってくるでしょう。3次元の建物データができました、というだけではなくて、例えばこの設計により夏場の温度上昇が何度抑えられますとか、CO²をこれだけ減らせますとかのデザイン根拠を示すような、BIMならではの付加価値です。そういう次のステップのことも頭の隅に置きながら、今は引き続き、C&R社さんのお世話にならなくてもいいくらいまで(笑)、さらなる全社的なレベルアップ、基盤固めに取り組みたいと思っています」

JR関内駅からほど近い、横浜大通り公園沿いのオフィスビルに本店を構える。
昨年、オフィスの内装デザインを一新。アットホームな雰囲気のなか、全所員がBIMを扱える組織を目指している

 

全社的なBIMのスキルアップを図るのも、ユーザーのニーズに応え、田辺設計の存在意義を高めていく経営の一環であることは、言うまでもない。

「お客さまの要望を最大限、具体的なかたちにしていくのが私たちの仕事ではありますが、それにとどまらず、その隠れたニーズを見つけ出して、プラスアルファの提案のできることが重要です。そういう意味でも、先ほど言った、設計者の裁量を尊重するということが大事だと思うんですよ。我々設計事務所も人が命ですので、常に刺激や多様性をもたらす〝新しい風〞を求めています。新卒でも経験者でも、建築に対して情熱を持つ人に、ぜひ来てほしいですね」

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株式会社田辺設計 代表取締役社長 風呂迫 泰寛(ふろさこ・やすひろ)
2005年、東京工芸大学工学部建築学科卒業後、構造設計を強みとする総合設計事務所・株
式会社あい設計(本社広島県)に入社。

3年間勤務の後、同社が資本提携を結んだ株式会社田辺設計に転籍。
一貫して、官公庁、民間企業などから依頼された幅広い設計業務に従事する。
。21年7月、田辺設計の4代目代表取締役に就任。一級建築士。

株式会社田辺設計社
本社所在地/横浜市中区蓬莱町2-4-1 関内トーセイビルⅢ8階
創業/1959年 設立/1962年
代表者/代表取締役社長 風呂迫 泰寛
https://tanabe-sekkei.co.jp/