空調設備をはじめとする設備工事の大手・新菱冷熱工業は、昨年10月、技術統括本部に「BIM推進室」を新設した。「単に便利なツールの導入を図ろうというのではなく、〝つながるBIM〞を実現するというのが、我々の役どころです」と語る谷内秀敬副室長に、その意味するところを聞いた。

自分たちだけで使う。それではBIMを生かせない

「人間にはない〝訴求力〞を持っている――。要するに、私にはできないことができるというわけです(笑)。そこに大きな魅力を感じました」

谷内氏がそう評するBIM(オートデスク:Revit)を新菱冷熱が導入したのは、2013年のことだ。

同社は設備業界の先駆けとして、今から約30年前に3次元CADの研究開発に乗り出し、谷内氏もその業務にかかわっていた。その後、建設会社などによる自社製CADの開発がブームになるのだが、BIMが登場するに至り、「もうシステムを自分でつくって自分で使う時代ではなくなった」ことを実感したという。

「BIMが始まった瞬間に、私の中では〝自社〞という言葉が意味をなさなくなりました。建設業界全体を見据えたオープンソースでやらないと、その本当の能力を発揮することはできないことが明らかだったからです」

もう少し、噛み砕いてもらおう。

「今でもBIMを〝進化した製図の道具〞のように捉える向きがあります。もちろん精密な図面は描けますが、それはあくまでも成果物の一つ。BIMの真価は、設計から施工計画・製作・製造・建物使用維持管理といった各工程を、そのデータで連携できることにあります。皆がデジタルデータでつながれば、例えばしばしば問題になる各工程での重複作業の発生といった無駄は省けるし、ヒューマンエラーも起こりにくくなるでしょう。何よりオーナーの希望に違わぬ建物が、低コストでできるという利点があります」

こうした同社の〝つながるBIM〞のベースになるのが、業界を網羅するシステムとして広く使われている「IFC」とRevitのデータだ。IFCは、BIMによって作成されたモデルデータをアプリケーション間で共有する際の標準データモデル
で、オブジェクトを交換するためのデータフォーマットの役割を果たす。

「これらを有効活用して、自社内だけでなく、つながる相手の生産性向上、価値創造も実現したい。ひとことで言えば、それが〝我々のミッション〞なんですよ」

〝設備〞だからこそ強く貢献できるBIMの業界普及

国土交通省管轄の全国建設研修センターでBIMの講師も担当している谷内氏が、あえて〝相手の生産性向上〞を語るのには、理由がある。

「私はよく〝外堀を埋める〞と言うのですが、わざわざ越えなくてはならない堀をそのままにしておくならば、その内と外でいくら電子化を進めても、その効果は限定されたものにとどまってしまう。そこを埋めて行き来が自由になれば、当社の効率が一気に上がると同時に、一緒に仕事をしている建設会社さんやダクト専門工事協力会社さんなどの生産性も、間違いなく上がる。他社にそのメリットを伝授するのは、自分たちのためでもあるのです」

実は〝つながるBIM〞の旗を振るのに、設計、施工、構造といった多くの分野に接する〝設備〞は、格好の立ち位置にあった。ある意味、建設会社にも設計事務所にも難しい役割を担える場所にいた、と言ってもいいだろう。

「IFCの標準化などを通じ〝オープンなBIM〞の普及に取り組むbSJ(社団法人buildingSMART Japan)の山下純一代表理事に、『建築ばかりが声を上げていても、データの共有化などは進まない。建物に機能を持たせる設備は、BIMの意義を語り、広げていくためのキーマンになれるはずだ』と言われて、なるほどな、と。それで、bSJにも参加しました」

日本の建設業界の将来を展望し、同社が目指しているような方向性を国レベルで後押ししようという機運も高まっている。20年3月には、有識者などからなる国土交通省の「建築BIM推進会議」が『BIM標準ガイドライン』を策定した。

「ガイドラインでは、『施工技術コンサルティング』という新たな職能が定義されました。設計から施工へ、BIMを円滑につなげるのがその役割で、具体的には、施工に関する知見を持つ技術者が設計に参画して、より発注者のニーズに合致した仕様選定などに結実させようというものです。〝つながるBIM〞を実現するためには、そのように建物のライフサイクルを通じたBIMのコンサルが必要不可欠です。そうした役割を担うのも、我々設備の人間の使命だと認識しています」

ところで、今の話にも通じるのだが、〝つながる〞という言葉には、データをお互いにBIMで受け渡すということ以外に、もう一つ意味するところがある。そうしたデータを、社内はもとよりプロジェクトにかかわるクライアントも含めたメンバーが共有し、コラボレーションしながら作業ができる環境の実現である。

同社は、その目的を果たすためにCDE(共有データ環境)「BIM360」を導入している。いったい、どんなことができるのか?

「これは、いわば〝BIMの連絡帳〞です。ある建築に関連するすべてのやり取りをここにアップしておけば、例えば『言った』『いや聞いてない』という問題は起こりません。情報を一人で持っているよりも、多くの人が共有したほうが、いい知恵も出るでしょう。会議の回数はかなり減らせますし、情報共有のために割く時間も大幅に短縮できる。BIMだからこそ、そういうことも可能になるのです」

配管やダクトの製作に必要な寸法情報などを盛り込んだBIMパーツのオブジェクト
データ『Item』を活用することで、BIMの情報を関係者が共有する
その情報が工場につながり、生産性向上の基盤に。
切り出し材の効率化などを実現

実証を通じて発注者にメリットを伝えたい

とはいえ、BIMのオープン化の到達点はまだ満足するにはほど遠く、課題も多い。谷内氏は、北京で現地の建設関係者から聞いた、こんな話を披露してくれた。

「08年の北京オリンピックの時のメインスタジアムが、〝鳥の巣型〞の構造物に覆われていたのを覚えている人は、多いと思います。世界中から注目されたのですが、中国の建設業界では、先進的な挑戦だったがゆえに、課題が見つけられた、と評価されています。BIMを使ったからこそのデザインながら、実際の工程はスムーズとは言えず、メンテナンス面でも問題を残してしまった、と。だから今度の冬季五輪の建物は、8年前の教訓をフィードバックして完璧なものをつくっているんだ、と相手が胸を張って語っていたのが印象的でした」

そこで採用されていたのが、ほかならぬ〝オープンなBIM〞だった。中国でそれがたやすいのは、号令一下、国ぐるみで一丸となる仕組みがあるからにほかならない。日本で実現させるためには、〝使う意義〞〝必要性〞の理解を大きく広めることが不可欠だ。そのためには、しっかりした〝エビデンス〞も必要になるだろう。

その意味も込めて、同社は、自社が建設する中央研究所を〝実証〞の場に選んだ。20年に国土交通省が公募したBIMのモデル事業に名乗りを上げ、実際の効果と課題の検証をスタートさせたのである。

このプロジェクトの目的は、「発注者のBIM活用のメリットを明らかにすることと、先ほど述べた施工技術コンサルティングを実際に行って検証し、業務として確立することにある」と谷内氏は説明する。

注目すべきは、施工者のみならず発注者の立場からも、BIMの検証を実施することだ。

「BIMは単なる道具にとどまらず、社会の価値を高める仕組み」。
その理念を実現するために発足したBIM推進室には、オペレーティングスタッフなどを含め80名ほどが在籍する


「研究所ですから、オーナーには、そこでどんな研究を行い、将来どう発展させていきたいのか、というナレッジがあります。それをBIMに計画立案として乗せると、正確なイニシャルコストやランニングコストなどの未来予想が描けるわけです。その〝よさ〞を自ら体験して、世の中のオーナーさんにアピールしていく。建設業は受注産業ですから、お金を出す発注者さんが『ぜひBIMでつくってくれ』ということになれば、状況は大きく変わるでしょう。この取り組みを通じて、そういう流れをつくり出したいというのが、我々の願いです」

すでに、基本設計において建築コスト算出工数が約26%削減されることを確認するなど、着実に成果が上がっているようだ。最後に、谷内氏にあらためて今後の目標について聞いてみた。

「ちょっと概念的な言い方になってしまうかもしれませんが、BIMのCDEも活用しながら、働く仲間が豊かな時間を送れる環境を整備したいですね。ここで働けて本当によかった、と言われるよう、微力ながら貢献できたらと思っています」

Plofile


谷内秀敬/Hidetaka Yachi
1989年、工学院大学建築学部建築学科卒業後、新菱冷熱工業株式会社入社。
生産施設、研究施設、教育施設、電算センターなどの現場業務に従事。
2014年より、本格的にBIM実施計画書立案、BIM運用支援の業務に携わる。
20年1月より現職。
buildingSMART JAPAN設備環境小委員会リーダー。
全国建設研修センターBIM講師。
設備設計一級建築士。

新菱冷熱工業株式会社
設立/1956年2月23日
代表者/代表取締役社長 加賀美 猛
本社所在地/東京都新宿区四谷1-6-1
https://www.shinryo.com/