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場所の理解が大事な第一歩。顧客の与件を超える提案と、〝新しいモノサシ〞を提供

場所の理解が大事な第一歩。顧客の与件を超える提案と、〝新しいモノサシ〞を提供

大野 力

大学の授業よりも〝面白い点づくり〞

都市工学を学ぶために進学した大学の授業はあまり出席せず、大野力氏が夢中になったのはセルフビルドの店づくりだった。
「学外で知り合った仲間と音楽イベントを開催していて、結構動員力があったし、若くてバカだから『お店出しても人くるんちゃう?』と(笑)。金沢市の中心にある飲み屋街から少し外れた、さびれた場所にあるボロボロの長屋1軒を格安の家賃で借りて、お店をつくった」

「お酒を出して音楽を流すだけのお店」が当たった。多くの若者が訪れるようになると、それを目当てにした美容室や洋服店がオープン。人通りがまばらだった街の様相は一変した。
「大学では都市のモビリティを計画的に云々……と学んでいました。でも身近なところでこういった体験をすると、計画なしでも面白い点ができればそれをきっかけとして街が変わることがわかった」

同級生たちが行政やディベロッパー、建設コンサルに就職するなか〝面白い点づくり〞へとシフトチェンジした大野氏。大学卒業後に上京し、フリーランスの立場で数々の店づくりにかかわることになる。「最初から忙しく、恵まれたスタートだった」と大野氏は言う。
「当時の僕に特別な能力があったわけではなく、いろんな大人たちが可愛がってくれた、それだけだと思います。こっちを手伝えあっちを手伝えの繰り返しで、店舗やインテリア、住宅などを手がけるようになりました」

事務所設立は2004年。それ以前から継続する仕事を含め、すでに多忙を極めていた。それから今に至るまで、軸は〝面白い点づくり〞。劇的に変わったのは仕事の〝振れ幅〞だ。手がけているのは、住宅、オフィス、物販店、飲食店、大型商業施設、展示会、薬局、フィットネススタジオ、料理教室――大野氏本人が「事務所の特徴を語るのにいつも困ってしまう」ほどだ。

「一番規模の大きいものと小さいものを挙げます」と紹介してくれたのは、まずJR新宿駅新南口周辺の環境デザインだ。改札内外や商業施設エリアなど総面積は2万平米に及ぶ。一方では、わずか1日展示されるインスタレーションを手がけることも。規模も予算も、工期も施主もバラバラなのである。
「いい仕事をするたびに、それを評価してくれる人が現れる。新宿駅の案件にしても10年前の僕には声がかからなかったでしょう。でも今は、過去の僕の仕事を見聞きしていて『あいつを呼んでみようか』と判断してくれる誰かがいる。その連続で仕事が広がっていきました」

仕事の振れ幅が新しい発見を呼ぶ

仕事の振れ幅が新しい発見を呼ぶ

仕事の振れ幅が新しい発見を呼ぶ

多くの顧客が大野氏に期待するのは、慣習的なやり方を見直すこと。それも〝洗練〞ではなく思い切った〝刷新〞だ。それは大野氏自身が意図するところでもある。〝与件に則り粛々と〞仕事をこなすより、与件そのものを変える提案を好む。
「20代前半は、顧客の要望どおりに完成させればいい、それを変えるのは建築家のエゴと思ってた。でも何か違うなと。例えば、家族とか自分の本当に大事な人が変なものに手を出そうとしたら親身になって止めますよね。それと同じで、よりよい方法があるのに黙って与件どおりやるのはひどい行為ではないか。そう思ってからはバンバン意見を出すようになりました」

刷新の一例は、とあるショッピングモール内のアパレルショップ。「壁際ほど陳列位置が高く店舗中央が低い」という慣習的な店づくりを逆転させ、中央に高い壁を立てた。奇をてらったつもりはない。「周囲のショップと差別化したいという顧客の論理を貫くなら、この判断が正になる」という確信があった。
「顧客の与件を超える提案をすれば顧客は心配する。それは善し悪しを判断するモノサシがないからです。なので最初に僕から、そのプロジェクト固有の新しいモノサシを提出するようにしています。先の例なら『店中央に高いものを置くと他店と差別化できる』。この論理を共有しておけば、後の意思決定もブレないで済みます」

また、〝場所からのデザイン〞を重視しているという。「どこにでも好きにつくっていいと言われても困る」が、場所さえ決まれば大野氏の思考が回りす。
「僕は〝場所の発見〞と言っているのですが、どんな特徴、どんなネガティブな要素があり、どうしたらその場所のよさを味方につけられるのか、みたいなことを最初にかなり細かく考える。その後でやりたいことが具体的に決まります」

日々の仕事ぶりは「瞬間移動のよう」だとか。振れ幅の極と極を行き来し、2万平米の駅を扱った30分後には100平米の住宅の図面を眺めている。
「その運動自体が心地いい。同じカテゴリ、同じスケール感のなかにいたら得られない発見がある。例えば、ある案件では常識とされていた考え方を別の案件に提供すると何かが刷新できたりする。思考の移動が速く距離が大きいほど、面白いことが見つかるのです。仕事の幅を、もっと広げていきたいですね」

PROFILE

大野 力

大野 力

1976年、大阪府生まれ。

金沢大学工学部で都市工学を学び、卒業後にフリーランスを経て2004年に株式会社シナトを設立。

建築・インテリア・インスタレーションアートなど、

様々な規模・用途のプロジェクトを国内外で幅広くデザインし、

これまでに手がけた作品は約300に上る。

また、その多くが、世界各国で賞を受け、国際的な評価も高まっている。

11年より、京都造形芸術大学非常勤講師、15年より、日本工業大学非常勤講師。

一級建築士。

株式会社シナト 一級建築士事務所

所在地/東京都世田谷区弦巻3-12-5-101

TEL/03-6413-9081

http://www.sinato.jp/

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