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構造計算は、仕事のごく一部であり、「つくり方をデザイン」するのがエンジニアの本分。<br />そこに立てば、この仕事は、最高に面白い

構造計算は、仕事のごく一部であり、「つくり方をデザイン」するのがエンジニアの本分。
そこに立てば、この仕事は、最高に面白い

川口 衞

50年以上、国内外で多岐にわたる構造設計に携わってきた川口衞は、構造エンジニアとして第一線を走り続けている。初期作品である「国立代々木競技場」や大阪万博の建造物を皮切りに、常に斬新な構造を追求し、実現させてきたその功績は大きい。大空間構造の設計において有効な手段となる「パンタドーム構法」の考案者でもある。また、建築ではない橋やタワーの土木構造物も設計するなど、川口の活動領域は実に広い。そして、楽しんでいる。近著『構造と感性』の中には、こんな印象的な一文がある。「構造デザインとは単なる知識や技術の機械的な適用ではなく、五体、五官を総動員して行う全人格的な作業である」――ここにこそ、川口の真骨頂があるように思う。

得た仕事の本質と多彩な経験を背景に、後進の指導に注力

川口は、基本どのような仕事にもチャレンジする。似たような仕事を続けていると、知らぬ間に垣根ができ、自分の活動領域を狭めてしまうからだ。本稿の冒頭で触れたように、日本の構造家には珍しく、橋などの土木構造物も、デザインから監理まですべて手がけている。「イナコスの橋」(大分県別府市)は、その筆頭例だ。

これは、35mスパンの小さな歩道橋。日本でも賞をいただきましたが、それ以上に、外国で有名になったもので、僕も気に入っている作品です。別府市から依頼があった時、これがまた面白くて、3つの条件を提示されたんですよ。「世界に二つとない橋」「吊り橋の原理を使った橋」、そして「渡っていると、ものを考えずにはいられなくなる橋」。この哲学的ともいえる最後の条件が難しい(笑)。でも、ただ「勘弁してくれ」とは言いたくないから、代わりに、別府らしい特徴を持たせることを提案したのです。

それを別府の町で探していた時、偶然見かけたのが、緻密で非常に良質な石でした。聞けば、中国山東省産の花崗岩で、煙台市から輸入していると。その煙台と別府が友好都市であることは聞いていたので、この石を使えば、間接的ながら別府らしい橋になるし、友好の増進にも役立ちそうだと考えたのです。この花崗岩はとても強くて、コンクリートの3倍くらいの圧縮強度があった。だから、厚さ250㎜のブロックで、一枚岩という橋を実現できたのです。薄いアーチ状の橋は、それこそエレガントだし、一枚岩は、西洋人にとっては非常に魅力あるものだから、高い評価につながったのだと思う。

ほかにも「100mのジャンボ鯉のぼりを泳がせる」という仕事もあるんですけど、なかなか異色でしょう。「上質な遊びの構造デザイン」といったところです。今では、埼玉県加須市の年中行事になっているジャンボ鯉のぼりですが、つくった当初は遊泳させるのに失敗し、「どうにか揚げられないか」と相談を受けたのです。流体力学や応用数学の学者に相談しても断られたそうで、そうなると、またがぜんやる気が出る(笑)。結果、スケール原理を適切に応用することで、ジャンボ鯉のぼりも「そよ風の中で普通に泳ぐ」ことを証明でき、必要な周辺技術も整備されて、今に続いているというわけです。

法政大学で教鞭を執っていた時代、そして多くの著書や学会などの要職を通じて、川口は後進の教育にも熱心にあたっている。目下の憂いは、前述してきたような「構造デザインの本質」を知るエンジニアが、国内外を問わず育っていないことだ。

構造計算が仕事のごく一部であることは話しましたが、今は特に、はやりのソフトを使って計算することだけを仕事だとする人が圧倒的に多く、どう実現させるかを考えない。これは大変な問題です。将棋や囲碁の世界がそうであるように、人間がいかに高度な計算をしたところで、コンピュータにはかないません。事実、中国では今、構造設計を担う人の給料が落ちていて、それは計算ソフトやマニュアルに取って代わられているということ。やはり、コンピュータにはできないイマジネーションや独創的な手を編み出す力がないとダメです。コンピュータは、あくまでも人間が使う道具なのですから。

それと、構造というのは力学原理で成り立っているので、造形のうわべや、理論の先端的な部分ばかりに目を奪われないで、根っこにある原理をしっかり学び、大切にしてほしい。根っこと先端との間には、便宜上の仮定がたくさん入っています。例えば、若いエンジニアの中には、自分が計算したとおりの応力が、現実の建物に生じていると信じている人も少なくないようだけれど、そんなことはあり得ないということを、世界の構造界は80年も前に認識している。

では何のための計算か? これが構造デザインのスタートラインです。かつての恩師や先輩から、僕自身が〝宝物〞をもらったように、若い人たちへのアドバイスは、僕の能力の範囲で今後も続けていきたいと思っています。

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PROFILE

川口 衛

川口 衛

1932年10月21日 福井県福井市生まれ
1955年3月             福井大学工学部建築学科卒業
1957年3月        東京大学大学院建築構造学専攻修了
1960年4月       法政大学専任講師
1962年4月       法政大学助教授
1964年4月       川口衞構造設計事務所設立
1966年6月       工学博士(東京大学)
1972年4月       法政大学教授
1997年10月     シュトゥットガルト大学名誉工学博士
1998年10月     スロバキア工科大学名誉工学博士
2003年4月       法政大学名誉教授

主な受賞歴
1970年       科学技術庁長官賞  日本建築学会賞(83年、97年も)
1995年       土木学会田中賞  国際構造工学会(IABSE)賞
2001年       国際シェル空間構造学会  (IASS)トロハ・メダル
2008年         日本免震構造協会賞
2015年       日本建築学会大賞
ほか受賞多数

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